ニコライ・ガブリロヴィッチ・ラティシェフ
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サッカー選手時代は1932年から1942年までFCディナモ・モスクワの選手として活躍し、引退後はモスクワの機械工学研究所で助教授を務める傍ら、サッカー審判員を務めた。1956年にFIFAのライセンスを取得しFIFA国際審判員として活動していた[1]。国内リーグでは1963年まで200以上の試合で主審を務めた他、1958 FIFAワールドカップの審判を務め、1962 FIFAワールドカップでは決勝戦の審判も務めた。1962年から1984年までFIFA審判委員会の委員を務め、1987年にFIFA功労賞を受賞した。