ニコラ・グルビッチ

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生年月日 (1973-09-06) 1973年9月6日(51歳)
ラテン文字 Nikola Grbić
ニコラ・グルビッチ
Никола Грбић
基本情報
国籍 セルビアの旗 セルビア
生年月日 (1973-09-06) 1973年9月6日(51歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ズレニャニン
ラテン文字 Nikola Grbić
セルビア語表記 Никола Грбић
身長 195cm
体重 91kg
選手情報
所属 ポーランドの旗 バレーボールポーランド男子代表 
役職 監督
ポジション S
利き手
スパイク 346cm
ブロック 320cm
獲得メダル
ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア
セルビア・モンテネグロの旗 セルビア・モンテネグロ
セルビアの旗 セルビア
オリンピック
1996アトランタ
2000シドニー
世界選手権
1998日本
2010イタリア
ワールドカップ
2003日本
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ニコラ・グルビッチセルビア語: Никола Грбић[1], ラテン翻記:Nikola Grbić、1973年9月6日 - )は、セルビアの男子バレーボール選手、指導者。元セルビア代表

ズレニャニン出身。ユーゴスラビア国内でのプレーを経て、1994年にヴォイヴォディナ・ノヴィサドからイタリアセリエAモンティキアーリへ移籍。1995年にユーゴスラビア代表に選出され、1996年アトランタオリンピックで銅メダルを獲得した[2]1997年欧州選手権では準優勝に貢献し、同年欧州バレーボール連盟の年間最優秀選手に選出[2][3]。ヨーロッパナンバーワンのセッター[3]として出場した1998年世界選手権で銀メダルを獲得した[2]

1997年から在籍したセリエA・クーネオでは1999年にコッパ・イタリア優勝、トレヴィーゾ在籍時の2000年にもコッパ・イタリア優勝を飾り、トレヴィーゾでは1999-2000年欧州チャンピオンズリーグ優勝を経験[2]。同年ユーゴスラビア代表として兄ウラジミール・グルビッチと共に2度目の出場を果たした2000年シドニーオリンピック金メダル獲得に貢献した[2]

トレント在籍時のN.グルビッチ

金メダルを獲得したシドニーオリンピック以降の2000年代初頭は「世界一のセッター」として国際的に高い評価を受け、初優勝を飾った2001年欧州選手権[2]2003年欧州選手権と、銅メダル獲得の2003年ワールドカップでベストセッター賞を受賞[4]。セルビア・モンテネグロ代表のキャプテンとして2004年アテネオリンピックに出場した。

2005年に手指のケガや足首の故障に相次いで見舞われ、3大会連続ベストセッター賞を受賞した2005年欧州選手権の後、翌年にアキレス腱の手術を受けたが、その後もベテランセッターとして活躍し、2008年北京オリンピックにセルビア代表のキャプテンとして4大会連続オリンピック出場を果たした。

2007年からはセリエA・トレントでプレーし、2007-2008シーズンのリーグ初優勝と、翌シーズンの欧州チャンピオンズリーグ初優勝に貢献[2]。2009年に移籍したクーネオにおいても、2009-2010シーズンのクーネオのリーグ初優勝に貢献した[2]。自国開催の2009年ワールドリーグでは2大会連続準優勝とベストセッター賞を受賞[5]。37歳での出場となった2010年世界選手権では1998年大会の銀メダル以来、3大会ぶりとなる銅メダル獲得と[2]ベストセッター賞を受賞した[6]。1995年から2010年まで代表を務めた間に[7]、獲得したメダル数は19個に上る[2]

2013年にロシア・スーパーリーグゼニト・カザンへ移籍し、自身にとって3度目となるリーグ優勝を果たす[2]。現役引退後の2014年5月、セリエAのシル・サフェーティ・ペルージャの監督に就任し、指導者としてのキャリアをスタートさせた[8]

2015年2月、セルビア代表監督に就任した[7]

2016年7月、グルビッチはバレーボール殿堂入りの栄誉に浴した[9]

球歴

所属クラブ

指導歴

脚注

外部リンク

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