イタリア南部の育成の名門、ASバーリで1994年にプロデビューを飾り、得点を重ねてクラブのA昇格に貢献するなど早くから才能を見せつける。1998年にはインテル・ミラノへ移籍するも、出場機会は少なくレンタル移籍を繰り返す。2001-02シーズンはインテルへ復帰し、モハメド・カロンと共にチームを牽引するが、徐々に出場機会を減らす。
2003-04シーズンよりACシエナへ移籍、2004-05シーズンには自身初となる海外でのプレーとなった、イングランドのクリスタル・パレスFC(当時プレミアリーグ所属)へ移籍するが結果を残せなかった。2005-06シーズンにはイタリアへ復帰してアタランタBCにて復活を遂げ、自己ベスト記録の15ゴールをマークし、アタランタの昇格に貢献した。しかし翌シーズンはリッカルド・ザンパーニャの好調でベンチ要員に降格してしまう。
2007-08シーズンには古豪復活を謳うトリノFCに移籍、エースとして期待されたが4ゴールと不振に終わった。2008-09シーズンで契約満了となった。
2009-10シーズンからノヴァーラ・カルチョに移籍し、1年目こそは17試合・4ゴールとやや物足りないものの、チームのセリエB昇格に貢献した。しかし2年目は9試合に出場したが、得点を挙げることはできず、全面開花できぬまま2011年2月11日、現役引退を表明した。