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ハッカーズ (書籍)

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訳者 松田信子、古橋芳恵
発行日 アメリカ合衆国の旗 1984年
日本の旗 1987年
発行元 アメリカ合衆国の旗Anchor Press/ダブルデイ
日本の旗工学社
ハッカーズ
Hackers: Heroes of the Computer Revolution
著者 スティーブン・レビー
訳者 松田信子、古橋芳恵
発行日 アメリカ合衆国の旗 1984年
日本の旗 1987年
発行元 アメリカ合衆国の旗Anchor Press/ダブルデイ
日本の旗工学社
ジャンル ノンフィクション
国 アメリカ合衆国
言語 英語
形態 著作物
コード アメリカ合衆国の旗 ISBN 0-385-19195-2
日本の旗 ISBN 978-4875931003
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『ハッカーズ』(英: Hackers: Heroes of the Computer Revolution)は、スティーブン・レビーによるハッカー文化に関する本である。1984年にニューヨークガーデンシティのダブルデイから出版された。レビーは、MITの初期のメインフレームハッカーから、自力で成功したハードウェアハッカーやゲームハッカーまで、ハッカー文化とハッカー倫理(英語版)を定義した人々、マシン、出来事について説明している。

この本は、1994年に著者による新しいあとがきが付属した版が出版された[1]。2010年には、更新された資料を含む25周年記念版がオライリーから出版された[2]。

レビーは、MITのテック鉄道模型クラブ(英語版)(メンバーは最初のハッカーの一人)から始まるハッキングの歴史の発展をたどる。また、ハッカーとマシンの共生関係から生まれた概念、信念、道徳の集合であるハッカー倫理(英語版)について説明する。それは、世界の仕組みを理解するためにあらゆる情報を公開し、誰もがアクセスできるようにすること、そして既存の知識を活用して新たな知識を生み出すことであった。

PDP-1で実行されるスペースウォー!

いくつかの章では、1961年9月のスペースウォー!から始まるコンピューターゲームの歴史について論じている。これがOn-Line、ブローダーバンド、Sirius Software(英語版)などの大手ゲーム会社への道を開いた。

その他のハイライトは次のとおりである。

ジョン・ホートン・コンウェイが作成したシミュレーションであるライフゲームは、1970年にビル・ゴスパー(英語版)の注目を引いた。

Revolt in 2100:リー・フェルゼンスタインとジュード・ミルホン(英語版)は、カリフォルニア州バークレーに拠点を置くResource Oneから派生してコミュニティメモリを設立した。ボブ・アルブレヒト(英語版)と彼のコンピュータ書籍出版会社Dymaxも、若い学生にプログラミングを教えることでコンピュータを普及させた。アルブレヒトはカリフォルニア州メンローパークにPeople's Computer Company(英語版)という店舗を設立し、コンピュータの時間とクラスを提供した。

Every Man a God:ニューメキシコ州アルバカーキでエド・ロバーツがMicro Instrumentation and Telemetry Systemsを設立し、わずか397ドルのコンピューターキットであるAltair 8800を開発した。

第一回ホームブリュー・コンピュータ・クラブミーティングへの招待

ホームブリュー・コンピュータ・クラブは、フレッド・ムーア(英語版)とゴードン・フレンチ(英語版)によって、電子工学の愛好家やハッカーが集まり、情報を交換し、自分たちのプロジェクトについて話し合うために設立された。最初の会議は1975年3月5日にゴードンのガレージで行われた。

Tiny BASIC:Altair BASICは、プログラミング言語BASICからAltair 8800が理解できるアセンブリ言語に指示を翻訳するインタプリタであった。これは、当時「Micro-soft」と名乗っていたマイクロソフトの創設者ビル・ゲイツとポール・アレンによって8800専用に開発され、4Kのメモリに収まるように設計された。

さらに、レビーは重要なハッカーの人物像を紹介しており、ジョン・T・ドレーパー、ビル・ゲイツ、リチャード・グリーンブラット、スティーブ・ウォズニアックなどが含まれている。

構成

第一部 真のハッカーたち

1 テック鉄道模型クラブ
1959年、MITの1年生向けにコンピュータープログラミングコースが始まった。講師はジョン・マッカーシー。26号館にTX-0が来た。
2 ハッカー倫理
TX-0を、あるものは単に卓上計算機の代用に、あるいは単にタイプライターにするプログラムを作成して使用した。
3 宇宙戦争
1961年、26号館にPDP-1が来た。スティーブ・ラッセルは宇宙戦争ゲームを作った。
4 グリーンブラッドとゴスパー
1963年、MITテックスクエアにPDP-6が来た。そこにMIT人工知能研究所もできた。
5 深夜コンピューター配線会
人工知能研究所の管理者はマービン・ミンスキーだが管理に関心なし。ノフツカーが実務をしたが、ハッカーたちの管理に苦労した。
6 キマッテル奴とダセェー奴
CTSSやMultixに対抗し、リチャード・グリーンブラットらはPDP-6上に、非互換性タイムシェアリングシステムを作成する。
7 ライフ
マッカーシー教授は1962年にMITを去ってスタンフォード大学に行った。他のハッカーたちもMITを離れ、他大学や企業に移籍していく。

第二部 ハードウェア・ハッカーたち

8 動乱2100
リー・フェルゼンスタインらはXDS-940のターミナルをレコード店に作り、市民が使えるコミュニティメモリにした。
9 みんな神様になれる
1975年、MITS社のエド・ロバーツは397ドルのコンピューター、アルテア8800を売り出した。
10 ホームブルー・コンピュータ・クラブ
1975年3月以後、メンロパークでコンピューターオタクの定期的な集会がもたれた。
11 タイニーBASIC
ビル・ゲイツがMicrosoft BASICを売り出した。クラブの参加者は、それをコピーして使用した。ゲイツはそれを「泥棒」と非難した。
12 ウォズ
1977年にスティーブ・ウォズニヤックはアップルIIを作り、スティーブ・ジョブズが売り出した。
13 秘密
アップルIIのようなパーソナルコンピューターが市販品となり、ハードウェア・ハッカーの時代は終わる。

第三部 ゲーム・ハッカーたち

14 魔法使いとお姫様
1980年にケン・ウイリアムズ(英語版)はアップルIIの高解像画面対応のアドベンチャーゲームを作成販売。
15 仲間たち
ゲーム会社はいくつもできて組合を作った。
16 第三世代
ジョン・ハリスのゲーム「ジョーブレーカー(英語版)」はアタリ社の「パックマン」の盗作ではと裁判になった。
17 サマーキャンプ
ヨセミテにあるケンのオンライン社はまるでサマーキャンプ状態だった。
18 フロッガー
ハリスはセガの蛙飛びゲーム「フロッガー」をアタリコンピューター用に修正。ケンのオンライン社は官僚機構的になっていく。
19 アップルフェスト
オンライン社もソフトにコピープロテクトするようになった。
20 ウィザードVSウィザーズ
オンライン社が変わってしまったことに失望し、ハリスは会社を去る。

エピローグ

最後のハッカー、ストールマンは1983年にMITでGNUプロジェクトをはじめる。

評価

脚注

外部リンク

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