ハリケーン・カーラ
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| ハリケーン・カーラ | |||
|---|---|---|---|
| カテゴリー5の ハリケーン (SSHWS) | |||
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| 発生期間: | 1961年9月3日〜16日 | ||
| 最大風速: (10分間平均) | 78m/s(280km/h) | ||
| 最大風速: (1分間平均) | {{{fusoku2}}} | ||
| 最低気圧: | 931hPa | ||
| 被害総額: | 約22億ドル(2007米ドル換算) | ||
| 死者数: | 死者43名 | ||
| 被害地域: | ユカタン半島、テキサス州、アメリカ合衆国中央部の一部、カナダ、グリーンランド | ||
ハリケーン・カーラ(Hurricane Carla)は、1961年に発生したハリケーンの中で、サファ・シンプソン・ハリケーン・スケール(SSHS)でカテゴリー5に達した2つのハリケーンのうちの1つである。
カーラはカテゴリー4の勢力で、テキサス州の沿岸に到達した。このハリケーンは、テキサス州を直撃したものとしては史上最も強く、アメリカ合衆国に上陸したハリケーンとしても、非常に強い部類にあたる。経済的被害は22億ドルにものぼったが、50万人以上の住民が避難したため、災害による死者は43人のみに抑えられた[1]。

この熱帯低気圧は、9月3日に熱帯収束帯の不安定な場である、カリブ海の西方で発生した。それは北西に移動し、5日にトロピカルストーム、そして6日にはハリケーンに成長した。そして、ユカタン半島をかすめるように移動し、メキシコ湾に到達した。
カーラは、メキシコ湾をゆっくりと移動しながら段々と勢力を強め、ピーク時には175mph(280km/h)の風速を記録し、SSHSでカテゴリー5の強さに達した。
北アメリカ大陸に上陸する直前にカーラは少し勢力を弱めたが、非常に大きく、とても勢力の強い、カテゴリー4の勢力でポート・オコーナー(Port O'Connor)とポート・ラヴェカ(Port Lavaca)の中間部に上陸した。11日には、カーラは大西洋で記録された中で最も大きなハリケーンとなった[2]。
被害
高潮は湾頭で22フィート(6.7メートル)を記録し、10マイル(約16km)も内陸に達した。また、このハリケーンは巨大であった為、テキサス州沿岸全体に影響を与え、その被害は内陸部のダラスにまで及んだ。上陸時の気圧は931hPaを計測し、20世紀にアメリカに上陸したハリケーンの中では8番目の低さだった(2005年のハリケーン・カトリーナを含めると9番目)。風速は、マタゴルダで115mph(184km/h)、ヴィクトリアで110mph(176km/h)、ガルベストンで88mph(141km/h)を記録し、ポート・ラヴェカでは170mph(272km/h)の突風が観測された。
また、カーラは多くの竜巻を発生させたハリケーンの一つであり、その数は26にも上る[3]。その内一つはF4の勢力で、ガルベストンのダウンタウンを通過。これにより、数名が死亡した(死者数は資料によって、6〜12人と開きがある)。
ガルベストン防潮堤が守る範囲の外にあった島の建造物は、高潮によって甚大な被害を受けた。更に被害はミシシッピ川のデルタ地帯まで及んだ。
カーラは勢力を弱めながらも、中西部に激しい雨を降らせた。
このハリケーンによって、テキサス州で31人が死亡したのをはじめ、全体で43人が死亡した。また、経済的被害は約22億USドルに達した。
記録
名称の引退
各地に甚大な被害をもたらした為、この年限りでカーラという名称は引退となった。そのため、1965年のシーズンからキャロル(Carol)に変更された。
中心気圧の歴代記録
| 順位 | ハリケーン | 年 | 中心気圧 (hPa) |
|---|---|---|---|
| 1 | ウィルマ(Wilma) | 2005年 | 882 |
| 2 | ギルバート(Gilbert) | 1988年 | 888 |
| 3 | レイバー・デー(Labor Day) | 1935年 | 892 |
| 4 | リタ(Rita) | 2005年 | 895 |
| 5 | アレン(Allen) | 1980年 | 899 |
| 6 | カミーユ(Camille) | 1969年 | 900 |
| 7 | カトリーナ(Katrina) | 2005年 | 902 |
| 8 | ミッチ(Mitch) | 1998年 | 905 |
| ディーン(Dean) | 2007年 | ||
| 10 | マリア(Maria) | 2017年 | 908 |