ハリー・ペイ
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ハリー・ペイは、フランスのノルマンディー地方から、フランスとスペインとの間に存在するビスケー湾(ビスケイ湾)、さらに、スペインのフィニステレ岬にかけての大西洋沿岸地域を荒らし回っていた海賊である。彼はヒホンの町やフィニステレ岬を焼き払い、沢山の人を捕えて身代金を要求した。さらに、1398年にはフィニステレ岬にあるセイントマリー教会(the Church of Saint Mary)を襲撃し、そこにあった貴重な十字架像(キリストが十字架に張り付けられている像)を盗み出した [1] 。 また彼は、ウェールズ地方で起きた反乱を支援するために派兵されたフランス海軍を撃破することで、この反乱の鎮圧にも一役買った [2] 。
1405年に、フランスとスペインの連合艦隊が、ハリー・ペイによる襲撃の報復として、彼の出生地のプールの町を攻撃した。この攻撃に参加した兵士達は、プールの町の住人によって反撃されて撃退されるまでの間、略奪や放火を行った。この時、ハリー・ペイは防衛戦に関わらなかったため無事だったが、彼の兄弟がフランスとスペインの連合軍によって殺されている [1] [3] 。 これに対してハリー・ペイは、1406年にフランスのブルターニュ半島に遠征し、大量の鉄、塩、油を奪い取ってきた。