ハンカ・シェルデルップ・ペツォルト
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経歴

パリでフランシス・トメとエリ=ミリアム・ドラボルドとマリー・ジャエルに、ヴァイマルでフランツ・リストにピアノを学んだ。パリに戻ると同地でマチルデ・マルケージに、さらにドレスデンでアグラヤ・オルゲニに声楽を学んだ。バイロイトではコジマ・ワーグナーにリヒャルト・ワーグナーのオペラについて学んだ。その後、ドイツでオペラ『タンホイザー』のエリーザベト役が好評を博する。1909年に来日し、1924年まで東京音楽学校で声楽とピアノの指導に携わった。夫はドイツの仏教研究者ブルーノ・ペツォルト[1][2][5]。
ハンカ・シェルデルップ・ペツォルトの指導を受けた著名な日本人声楽家として、原田潤[6]、三浦環、外山国彦[7]、梁田貞[8]、澤崎定之[9]、清水金太郎、船橋栄吉、立松ふさ[10]、柳兼子[11]、永井郁子、原信子、武岡鶴代[12]、矢田部勁吉[13]、須藤五郎[14]、関鑑子[15]、細川碧[16]などが挙げられる[1][2][17]。
1937年3月に心臓病のために聖路加国際病院に入院し、同年8月に没した[1]。夫のブルーノは第二次世界大戦終戦時に長野県軽井沢町に疎開し、1949年2月16日に同地で死去した[18]。その後、夫妻の遺骨は比叡山に葬られた[4]。