ハンザダンサー事件
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1970年代当時、日本中央競馬会(JRA)と日本軽種馬協会では、日本国内におけるサラブレッド生産の品質向上のため外国から積極的に種牡馬を輸入していた。その多くは、当時日本における畜産系の輸入事業を手広く扱っていた藤井治商事及び野澤組の2社が国内代理店となり、諸外国の競走馬販売業者との間で買付を任されていた。
ハンザダンサーはJRA及び軽種馬協会が1977年(昭和52年)にアメリカから輸入した種牡馬だが、JRAは同馬の購入代金として藤井治商事に125万ドル(当時の為替レートで約3億1100万円[1])を支払い、また別途代理店手数料として買付代金の2%(約625万円)を同社に支払っていた。しかし1982年に、当時衆議院議員だった井上一成が『週刊宝石』と協力し同馬の購入経緯を改めて調査したところ、実際の同馬の販売価格は90万ドルに過ぎず、アメリカ側の代理店であるファシグ・ティプトンと藤井治商事の間に「ワールド・ホース・エージェンシー」というペーパーカンパニーが入り、JRAの支払額との差額(約32万ドル)を中抜きしていたことが判明した[2]。
その後改めて1975年以降にJRAが購入した種牡馬について購入価格を再調査したところ、藤井治商事に関しては他にラインゴールド、ノノアルコ、サンティクリークの3頭、野澤組に関してはジャッジャー、ウォローの2頭について、同様に中抜きが行われた可能性が高いことが明らかになる[1]。これらの事実が国会審議で明らかにされ、両社に対する不正利得の返還請求や、JRAの監督官庁である農林水産省の監督責任が問題となった[1]。
しかしハンザダンサーの不正利得分(中抜きされた約32万ドル、及び購入代金を釣り上げたことによる代理店手数料の上乗せ分)については藤井治商事からJRAに返還が行われたものの[1]、他の馬の中抜きについては、諸外国の捜査当局の協力が得られないなどの理由で不正利得の立証が困難とされ、結局話はうやむやとなり返還請求は行われなかった。このため本事件は疑惑を残したまま事実上自然消滅する結果となった。
脚注
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