ハートにファイア
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| 「ハートにファイア」 | |||||||
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| ビリー・ジョエル の シングル | |||||||
| 初出アルバム『ストーム・フロント』 | |||||||
| リリース | |||||||
| ジャンル | ロック | ||||||
| 時間 | |||||||
| レーベル | コロムビア・レコード | ||||||
| 作詞・作曲 | ビリー・ジョエル | ||||||
| プロデュース |
ミック・ジョーンズ ビリー・ジョエル | ||||||
| チャート最高順位 | |||||||
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| ビリー・ジョエル シングル 年表 | |||||||
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「ハートにファイア」(原題:We Didn't Start the Fire)は、ビリー・ジョエルの楽曲。アルバム『ストーム・フロント』からの第1弾シングルとして、1989年にリリースされた。
ビリーの誕生年である1949年から、この曲が発表された1989年に至るまでの、世界の歴史に関する様々な事象を並べた歌。「We Didn't Start the Fire」の意味は、「我々が始めた(火をつけた)のではない」。ビリーが20代の若者と話していた時、若者は世界の様々な問題を深刻に考えており、それをきっかけに歌詞が作られた[1]。
Billboard Hot 100で1位を獲得。ビリーのシングルとしては3作目の全米チャート1位獲得を果たした。また、様々な学校(ウィスコンシン州のメナシャにあるバンタ小学校等)で教材として使用され、1990年にはビリー本人による歌詞解説を追加収録したカセット・テープが、教育雑誌と共に学校に配布された[1]。
「ビリー個人のあゆみを歴史的出来事で振り返る」という内容ではあるが、発表直後(1989年10月)から東欧革命が本格化したため、冷戦の終わりを賛美する歌と解釈されることもある。(『ビリー・ザ・ライヴ』ブックレットp.2、『ビリー・ザ・ヒッツ』DVDブックレットp.1)実際に東欧革命の出来事とチャートアクションを並べると、次々と伝わる劇的なニュースとともに、この曲が聞かれていたことがわかる。
- 1989年10月7日 (初登場58位)
- 1989年11月11日 ベルリンの壁崩壊 (6位)
- 1989年11月24日 チェコスロバキア ビロード革命 (5位)
- 1989年12月3日 マルタ会談(米ソ首脳による冷戦終結宣言)(1位)
- 1989年12月25日 ルーマニア ニコラエ・チャウシェスク大統領処刑 (9位)。ルーマニアは他の国と違い平和的ではなく流血による革命となった。この時の1位は フィル・コリンズの「アナザー・デイ・イン・パラダイス」。
()内は記載日時点でのBillboardチャート順位
2023年6月28日にフォール・アウト・ボーイによるカバーが発表された。歌詞には「ウッドストック 1999」や「ポケモン」など1989年からリリース当時の出来事が羅列している。ビリーはこのカバーについて 「誰もがいつ更新版が出るのか知りたがっていたよ、僕の歌は1949年に始まって89年に終わってるから、40年に及ぶ。みんな“パート2はやらないのか”って言ったけれど、僕は“いや、パート1をもうやったから”って答えていた。だからフォール・アワー・ボーイ、どうぞ。いいぞ、初めてくれ(という気持ちだった)」と述べている[2]。