バウテル・フェレイラ・ルス

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名 バウテル・フェレイラ・ルス
Valter Ferreira Luz
愛称 バウティーニョ[1]
ラテン文字 Valter
バウテル
名前
本名 バウテル・フェレイラ・ルス
Valter Ferreira Luz
愛称 バウティーニョ[1]
ラテン文字 Valter
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1966-02-08) 1966年2月8日(59歳)
出身地 パルケ・サン・ジョルジポルトガル語版[1]
身長 178cm[2]
体重 68kg[2]
選手情報
ポジション MF
利き足 左足[2]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
0000-1989 ブラジルの旗 コリンチャンス 1 (0)
1989-1991 日本の旗 読売クラブ 24 (7)
1991-1993 日本の旗 ヤンマー
1994 日本の旗 京都サンガ
ブラジルの旗 ウニオン・サンジョアン
ブラジルの旗 インテル・デ・リメイラ
ブラジルの旗 モジミリン
ブラジルの旗 マリーリア
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

バウテル・フェレイラ・ルス(Valter Ferreira Luz[2][3]1966年2月8日 - )は、ブラジル出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー(攻撃的MF)。日本での登録名はバウテル

サンパウロ州を本拠地とするコリンチャンスの育成組織で育ち、トップチーム昇格後はカンピオナート・パウリスタに1試合出場したほか、コパ・パウリスタに出場した[1]

1989年春に日本の青梅市サッカー協会からの依頼を受けて訪日[4]。その後、日本サッカーリーグ (JSL) 1部の読売クラブ(現東京ヴェルディ)に加入[4]ラモス瑠偉の帰化申請が遅れていたため開幕からの選手登録はならなかったが、同年11月22日にラモスの帰化認可と同時に追加登録された[4]。12月2日に行われたJSL第11節、ヤンマーディーゼル(現:セレッソ大阪)戦でリーグデビューを果たし、前半33分に得点を決め勝利に貢献[4]。その後も突破力と左足から繰り出す精度の高いパスやシュートを持ち味にラモスとともに中盤を牽引すると、1989-90シーズンにはリーグ戦12試合に出場し6得点7アシストを記録[2]。シーズン終了後には年間優秀11人賞に選ばれたが[2]、1990-91シーズンには守備的MFのペリクレスが重用されたこともありリーグ戦12試合の出場にとどまった[5]

1991-92シーズンにJSL2部のヤンマーディーゼルへ移籍し背番号10を背負った[5]。1994年にはジャパンフットボールリーグ京都パープルサンガへ移籍した[1]

東アジアで8年間を過ごした後、ブラジルに戻りウニオン・サンジョアンインテル・デ・リメイラモジミリンマリーリアでプレーし、37歳で現役を引退した[1]

引退後はサッカー指導者になるためマッケンジー・プレスビテリアン大学ポルトガル語版で学び、卒業後はパルメイラスのユースチームでコーチを務めたのを皮切りに、マリーリア、エストレラポルトガル語版ノロエスチヴィラヴェリェンセポルトガル語版カステロポルトガル語版アシセンセポルトガル語版[6][7]などを指導した[1]

その後はブラジルで理学療法士を務めている[8][9]

個人成績

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI