バオ・ニン
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両親はグエン朝の首都フエに住んでいたが、1946年にフランスによって再占領されたためにベトナム民主共和国支配地域のゲアン省に疎開、このディエンチャウで生まれた。父のホアン・トエは言語学者で、1970年代には言語研究所長も務めた。バオ・ニンというペンネームは、父方の一族の故郷であるクアンビン省ドンホイ県バオニン郡からとられている。
1954年にフランスがジュネーヴ協定に基づきベトナム北部から撤退したため、一家でハノイに移った。しかし1965年にアメリカの北爆開始により、隣接するソンタイ省(現:ハノイ市)タックタット県に疎開。1967年にハノイの名門校で、当時フンイエン省に疎開していたチュー・ヴァン・アン普通学校高等部に入学、9、10学年を過ごして1969年卒業、ベトナム人民軍陸軍に入隊する。1970年に北緯17度線以南の中部高原タイ・グエンに配置され、以後この周辺の地域での戦闘に従事、1973年のパリ協定以降の内戦時代に偵察小隊長となる。1975年のホー・チ・ミン作戦によるサイゴン攻略に参加。戦争終結から半年間は、中部高原などで戦没者の遺骨収集に携わり、11月にハノイに帰還した。
ハノイで大学に通いながら、いくつかの職を経験し、1987年にグエン・ズー文芸学校に入学、短編小説の執筆を始める。1989年に短編集『「7人の小人」農場』を出版。1990年に長編小説『戦争の悲しみ』を書き上げ、草稿をベトナム作家協会に提出、題名を『愛の行方』に変えることを条件にベトナム作家協会賞を受賞し、1991年に出版された。これは3000部がたちまち売り切れ、次々に回し読みされて、インテリ層、学徒出身退役軍人などに広く読まれた。
『戦争の悲しみ』は1993年にイギリスで翻訳・出版され、続いて10数カ国で出版される。1995年にイギリスインデペンデント紙の外国小説優秀作品賞、1997年にはデンマークのALOA賞を受賞した。1997年に、ベトナム作家協会の機関誌『ヴァンゲ』の常勤編集委員となり、執筆の他に編集や講義などの活動も行う。