バース市街
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沿革
1世紀頃、ローマ帝国の支配下で、保養地として繁栄。ローマ式の大浴場や神殿が建築された。ローマが撤退すると一時的に荒廃した。
18世紀にアン女王がこの地を訪れ、温泉保養地として復活させた[1]。以来、バースは富裕層の社交場となった。ロンドンの賭博師、リチャード・ナッシュは1704年にバースで財を築き、儀典長の地位を得てバースの社交界をリードする存在となった。ナッシュは、バースの市街をあらゆる階層の人々が集う優美な場所に変えようと[1]、裕福な事業家で啓蒙主義者であるラルフ・アレンの後援を受け、温泉地の景観を変える大規模な建築事業を開始した。
事業は建築家ジョン・ウッドの手により開始された。1727年より、ウッドは当時イギリスで流行していたパッラーディオ主義に従って住宅地プライアー・パークを建設した[1]。また、1729年から1736年にかけて、街の北西にクイーンズ・スクエアと呼ばれる建物に囲まれた広場を建設した。1754年よりザ・サーカスと呼ばれる円形の広場の建築が開始され、ウッドの息子に受け継がれて1774年に完成された。また、半月状の集合住宅地、ロイヤル・クレセントも同時期に完成している。
その後も、ジョン・パーマー、ジョン・エヴェリー、トーマス・ボールドウィンらがジョージアン様式の建築物で街を変貌させていった。19世紀に街の繁栄は衰えて町並みは荒廃してしまったが、1987年に世界遺産に登録され、改修によってかつての保養地の姿を取り戻している[1]。
主な構造物
- バース修道院
- ロイヤル・クレセント
- ザ・サーカス
- ゲイ・ストリート