バーチャルアナログ音源
シンセサイザーの発音方式
From Wikipedia, the free encyclopedia
バーチャルアナログ音源(バーチャルアナログおんげん,英: Analog modeling synthesizer)は、クラビアが1995年に世界で初めて市場に投入した特殊な物理モデル音源で、アナログ回路を発音機構とするアナログシンセサイザーをシミュレーション(模擬)するデジタル音源である[1]。あくまでもシミュレーションであって本物のアナログではないが、デジタル技術によって多様なアナログシンセサイザーの特徴を1つの装置に収めることができるため、軽量の機材であっても様々な音色に対応可能であることが多い。この音源方式では高い利便性と幅広い音色が提供されるが、デジタル回路の計算能力の限界によってアナログモデリングの誤差やデジタルノイズが完全には排除できないため、本物のアナログシンセサイザーと比較して音の鮮度で大きく下回る[2]。一部にはU-heのDivaのようにPCの計算能力を大きく消費して極限までアナログの出音を再現するソフトウェアシンセサイザーも存在するが、反応速度には難がある[3][4][5][6][7]。従って、反応速度と本物らしい音の鮮度を求める場合は、本物のアナログシンセサイザーを使用するべきである[2]。アナログシンセサイザーの信号経路を忠実に再現する[8]ことを目的としているため、物理的な発音機構のシミュレーションを行う物理モデル音源の特殊事例となる。この定義ではVA音源やバーチャルアナログシンセサイザーやアナログ・モデリングという呼称もある。
クラビアが1995年に世界で初めてバーチャルアナログシンセサイザー(製品名: Nord Lead)の開発に成功し、そのバーチャル・アナログ・モデリング理論がシンセサイザー業界の標準となっている[9]。
前史
定義
バーチャルアナログ音源は、アナログシンセサイザーの信号経路をデジダル信号処理で再現する以下のようなシンセサイザーとして定義される。
- オシレータ+フィルター+アンプの3セクションが最低限備わっているもの
- オシレータとして"単純な数学的関数により実現できる基本波形"をベースとするもの
上記の定義において具体的には正弦波、鋸歯状波、三角波、矩形波が基本波形に該当する。中でも矩形波は、位相の異なるふたつの鋸歯状波から合成可能であり、これによって矩形波のパルス幅を変えることができる。同じ減算方式のPCM音源ではあらかじめ決まったパルス幅を持った矩形波のPCM波形が収録されているため、パルス幅を連続的に変化させることは出来ない。よって、パルス幅の連続可変の可否がバーチャルアナログ音源とPCM音源との明確な区別と言える。アナログシンセ系の音色に限定した場合、PCM音源では滑らかで劇的な音の変化を付けることは不可能である。
基本波形は全てフーリエ級数によって近似できるが、DSPにおける演算量の多さやエイリアスノイズなどの観点から、アンチエイリアス波形や、PCM波形を用いるケースが多い。
バーチャルアナログ音源誕生の根幹にあるのはアナログシンセサイザーの模倣である。そのためツマミやスライダーなどのI/Fは、簡素化が図られたPCM音源に比べ多くなる傾向にあるが、近年は最小限のツマミと、各ツマミでアクセスするパラメータを選択するボタンのみといった簡素なデザインのバーチャルアナログ音源も登場した。
概要
アナログシンセサイザーは太く瑞々しい音がするため、バンドの演奏の中でも埋もれにくい[2]が、電圧や室温など外部環境に影響されて音程や音色が変わることがある。また、内部を構成している部品が経年劣化を起こすため、一定期間使用した後にメンテナンスを必要とする。しかし、発売時期が1970年代のものでは当時の電子部品の入手が容易ではない場合がある。機能的には同等な部品であっても、現代の部品と交換すると物理特性の違いによって音色が変化してしまう恐れもある。発音数や音色を増加させるために必要なアナログ電子回路の規模拡大にも限界がある。
バーチャルアナログ音源は内部のデジタル集積回路化が進んでいることから上記のメンテナンスの問題が少なく、外部環境の影響を受けない。また、機能の高度化が行える上に、軽量化も容易である。しかし、音の鮮度では本物のアナログシンセサイザーを大きく下回るものとなる。
音色の面では、DSPの性能が高くなかった初期の頃は計算処理アルゴリズムの技術的限界もあり、デジタルくさい音になるもの、エイリアスノイズが出るものが多かった。そのため一聴しただけでバーチャルアナログ音源と判別可能な程アナログシンセサイザーとの違いがあったが、2000年代以降からはコンピュータ技術の劇的な進歩とそれを活かしたシミュレーションアルゴリズムによってその差は縮小してきている。高度なシミュレーションを行う場合には、CPU使用率が大幅に上昇する可能性がある。
最大同時発音数は生楽器もシミュレートする一般的な物理モデル音源に比べて多く、5 - 20同時発音が可能なものが多い。
そして、商業向けに音楽制作を行う業界人だけでなく、趣味で音楽制作を行う一般人でも購入できる程度に安価にもなった。
DSPの代わりにソフトウェアを用いてアナログシンセサイザーの音声合成プロセスをシミュレートしたソフトウェア・シンセサイザーも存在する。PCの処理速度の向上を背景に、2000年頃からVSTインストゥルメントなどのプラグインシンセサイザーが普及してきている。ごく簡単なものから過去の名機を再現したものまで、数多くのプラグインシンセサイザーのバリエーションが存在する。
現在までに搭載された製品
メーカー毎の音源方式
バーチャルアナログ音源は、その発明者であるクラビアの「アナログ・モデリング」に影響を受け、シンセサイザーメーカー各社が亜種となる音源方式を考案した。
世界初のバーチャルアナログ音源
クラビア
バーチャルアナログ音源を発明したスウェーデンの企業で、他の大手シンセサイザーメーカーにも多大な影響を与えた。Nordシリーズがキーボーディストの間で定番ブランドの1つとして認知されている。癖のないストレートな音色を特徴とする。
アナログ・モデリング (analog modeling)
- クラビアが考案した業界標準の専門用語である。同時に「アナログ・モデリング」はクラビアが発明して1995年に実用化した世界初のバーチャルアナログ音源 Nord Lead の発音方式でもあり、そのバーチャル・アナログ・モデリング理論はシンセサイザー業界の標準となった。クラビア初のシンセサイザーシリーズであり世界初のバーチャルアナログ音源シリーズでもある Nord Lead シリーズだけでなく、派生して作られた様々な製品にも搭載されている。製品マニュアルにもこの用語が多用されている[8]。後進の製品で行われるような個別の電子部品のシミュレートは行わないが、アナログシンセサイザーの信号経路を忠実に再現するエンジンが搭載されている。新製品が発売される度にエンジンが更新されており、忠実度や音質が向上している。新しい世代では発音数が大幅に増え、オシレータの機能も高度化しており、伝統的なアナログシンセサイザーでは作成が不可能な音色を作成することもできるようになった。例えば Nord Lead A1 では複数波形のオシレーターモデルとして、従来型アナログ,拡張アナログ,パルス波形,加算・FM・フォルマントシンセシスによるリアルタイムアルゴリズム波形が用意され、オシレーター設定として、ピッチ,シェイプ,オシレーター同期,ノイズミックス,オシレーター2デチューン,サインミックス,トライミックス,ソーミックス,スクエアミックス,FM,AMが用意されている[11]。
後進のバーチャルアナログ音源
下記の製品は全てクラビアが発明したアナログ・モデリングの影響を受けて開発された。
ヤマハ
AN音源 (Analog Physical Modeling)
ローランド
SuperNATURALトーン
- JUPITER-80[12]やINTEGRA-7[13]、JD-XA、FA-08などに搭載されている。OSC、Filter、Ampなどのセクションから構成されるPartialと呼ばれる音の最小単位を最大3つ重ね合わせて音色を合成する。OSCには同社・JP-8000に初めて搭載されたSuper-Sawも備わっていて、7つの鋸歯状波のDetuneを調整するパラメータが存在する。また基本波形に加え450のPCM波形もOSCとして利用できる。CommonセクションにはWaveShaperやON/OFF式のRingModulationもある。この音源方式は同社・GAIA SH-01と酷似しており後継であると見られるが、あちらにはOSCにPCM波形がない。なお、同じくSuperNaturalを冠するSuperNaturalアコースティックトーンは各楽器毎に異なる音源方式であるらしく、加算合成や物理モデル音源などが用いられているようだが定かではない。
ACBテクノロジー(Analog Circuit Behavior)
- 同社の製品群であるAIRAシリーズ[14]、Boutiqueシリーズに採用されているアナログモデリング音源。従来のバーチャルアナログ音源と異なり、アナログシンセサイザーを構成している抵抗、コンデンサー、トランジスター、コイルなどのアナログパーツをひとつひとつモデリングする技術。
Synth-EX音源
- 同社のショルダーキーボードであるAX-Edgeに採用されている音源。PCMとアナログモデリングのハイブリッド音源であり、1パート4パーシャル使用可能。携帯端末用エディタを使用してBluetoothで接続することでパラメータをエディットすることできる。
コルグ
MMT音源 (Multiple Modeling Technology)
- ElectribeMX、R3、Radiasなどに搭載された音源。同じ名称でも製品によって仕様が異なる。たとえば、RadiasはオシレータにPCM波形を含んでいるのに対し、R3にはこれが含まれていないなどである。すべてに共通していて、かつ特徴的なのは基本波形に加えフォルマントオシレータを持つ点である。
XMT音源 (eXpanded Modeling Technology)
- KingKORGに搭載されたバーチャルアナログ音源。ヴィンテージピュアアナログシンセサイザーの再現を目標に開発されたもので、OSCとFilterに有名なヴィンテージシンセサイザーの特性を模倣したものが数多く用意されている。これらを用いて往年の名機のサウンドを再現出来るのだが、たとえばProphet-5風のSaw波形をMiniMoog風のフィルターで加工するといったことも可能。なお、KingKORGは豊富なデジタルエフェクターを搭載するだけでなく、出力の直前に本物の真空管を用いたアナログオーバードライブを備えている点も大きな特徴と言える。
MOSS音源
AL-1音源(ハイ・クオリティ・アナログ・モデリング)
Arturia
TAE (True Analog Emulation)
- アナログシンセサイザーの音色・波形・チューニングとその他の特性を再現する技術。基本的にソフトウェアシンセサイザーの形で提供される。