パトリック・ジョンソン
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| 選手情報 | |||||||||||||||
| フルネーム | パトリック・ジョージ・ジョンソン | ||||||||||||||
| ラテン文字 | Patrick George Johnson | ||||||||||||||
| 国籍 |
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| 種目 | 短距離走 | ||||||||||||||
| 生年月日 | 1972年9月26日(53歳) | ||||||||||||||
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| 身長 | 177cm | ||||||||||||||
| 体重 | 73kg | ||||||||||||||
| 成績 | |||||||||||||||
| オリンピック |
100m 2次予選5組5着 (2000年) 200m 2次予選3組7着 (2000年) 4x100mR 6位 (2004年) | ||||||||||||||
| 世界選手権 |
100m 2次予選1組4着 (2005年) 200m 6位 (2005年) 4x100mR 5位 (2005年) | ||||||||||||||
| 地域大会決勝 |
英連邦競技大会 100m 6位 (2006年) 200m 4位 (2006年) 4x100mR 3位 (2002年) | ||||||||||||||
| 国内大会決勝 |
オーストラリア選手権 100m 優勝 (2003年) 200m 優勝 (2001,03,06,10年) | ||||||||||||||
| 最高世界ランク | 100m 1位 9秒93 (2003年) | ||||||||||||||
| 自己ベスト | |||||||||||||||
| 60m | 6秒69 (2001年) | ||||||||||||||
| 100m |
9秒93 (2003年) 9秒88w (2003年) | ||||||||||||||
| 200m |
20秒35 (2006年) 20秒25w (2003年) | ||||||||||||||
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| 編集 | |||||||||||||||
パトリック・ジョージ・ジョンソン(Patrick George Johnson、1972年9月26日 ‐ )は、オーストラリアクイーンズランド州出身の陸上競技選手である。ジョンソンは父がアイルランド人で、母がアボリジニである。
2003年5月に水戸市で行われた水戸国際陸上競技大会の100m決勝のレースにおいて、9秒93(+1.8m/s)のオセアニア新記録を樹立した[1]。これはシーズン世界最高記録となったとともに、黒人選手以外では史上初の9秒台という快挙であった[2]。末續慎吾と並んで、「最速の非ネグロイド」とも呼ばれた。なお、2003年2月にパースで追い風参考記録ながら100mを9秒90(+5.7m/s)と9秒88(+3.6m/s)で走っている[3][4]。
2010年2月には、37歳という年齢ながら100mで10秒18を記録した。4月のオーストラリア選手権は100mで4位、200mは決勝で20秒78を記録して4年ぶりの優勝を果たした。38歳となって出場した10月の英連邦競技大会では、4×100mリレーの予選で1走を務めて決勝進出に貢献した。
ジョンソンのオリンピックと世界選手権での成績は、100mでは両大会を通じて2次予選までしか進出できなかったが、200mでは2005年世界選手権で決勝に進出した。世界選手権の同種目で決勝に進出したオーストラリア人は、1993年シュトゥットガルト大会のディーン・カポビアンコとダミアン・マーシュに次いで史上3人目であったが[5]、結果は6位に終わり、ダミアン・マーシュが記録した5位というオーストラリア人最高成績を更新することはできなかった。4×100mリレーでは2004年アテネオリンピックで3走目を務めて6位、2005年世界選手権では4走目を務めて5位に終わり、メダル獲得はならなかった。2大大会以外の成績では、2002年英連邦競技大会の4×100mリレーで4走目を務めて銅メダルを獲得している[6]。