末續慎吾

日本の短距離走選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

末続 慎吾(すえつぐ しんご、1980年昭和55年〉6月2日 - )は、日本陸上選手熊本県熊本市出身。北京オリンピック男子4×100mリレー銀メダリスト。2003年世界陸上競技選手権大会男子200m銅メダリスト。

フルネーム 末續慎吾
ラテン文字 SUETSUGU Shingo
愛称 マッハ末續
国籍 日本の旗 日本
概要 末續慎吾, 選手情報 ...
末續慎吾
選手情報
フルネーム 末續慎吾
ラテン文字 SUETSUGU Shingo
愛称 マッハ末續
国籍 日本の旗 日本
種目 短距離走
所属 EAGLERUN
大学 東海大学
生年月日 (1980-06-02) 1980年6月2日(46歳)
出身地 熊本県熊本市
身長 178cm
体重 68kg
成績
オリンピック 100m:2次予選1組5着(2004年
200m:準決勝2組8着(2000年
4x100mR:2位(2008年
世界選手権 200m:3位(2003年
4x100mR:4位(2001年
地域大会決勝 アジア競技大会
200m:優勝(2002年,2006年
4x100mR:2位(2002年,2006年)
国内大会決勝 日本選手権
100m:優勝(2003年,2004年)
200m:優勝(2001年,2003年,2006年,2007年
最高世界ランク 100m13位(2003年)
200m3位(2003年)
自己ベスト
100m 10秒03(2003年)
200m 20秒03(2003年)日本記録
400m 45秒99(2002年)
獲得メダル
陸上競技
日本の旗 日本
オリンピック
2008 北京4×100mリレー
世界選手権
2003 パリ200m
アフロアジア競技大会
2003 ハイデラバード100m
アジア競技大会
2002 釜山200m
2006 ドーハ200m
2002 釜山4×100mリレー
2006 ドーハ4×100mリレー
アジア選手権
2005 仁川4×100mリレー
2005 仁川100m
東アジア競技大会
2001 大阪200m
2001 大阪4×100mリレー
アジアジュニア選手権
1999 シンガポール4×100mリレー
1999 シンガポール100m
アジア
IAAF陸上ワールドカップ
2006 アテネ4×100mリレー
2006 アテネ200m
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東海大学高野進の指導を受ける。高野が日本人の体格に合わせて構築した走法を完成させ、世界陸上2003年パリ大会200mで3位となった。日本人でこの種目のメダル獲得は初めて。また、2006年のアジア大会の200mで2連覇するなどし、全盛期にはパトリック・ジョンソンとともに、「現役世界最速の非ネグロイド」とも言われた。

400mは練習の一環として取り組むが、学生時代には関東学生陸上競技対校選手権大会の4×400mリレー決勝で、東海大学のアンカーとして走り、44秒7のラップタイムで走った[注 1]

サッカー選手松本憲は従弟にあたる[1]

経歴

熊本市立西原中学校九州学院高等学校[2]東海大学を経て、ミズノに入社。社内留学で東海大学大学院修了。現在は熊本陸上競技協会所属。

小学校時代に全国小学生陸上競技交流大会に出場し、同じ学年の池田久美子走幅跳の記録上、負け(池田は5m19、末續は4m85)、走幅跳を競技しなくなる[3]。中学時代は、九州大会で100m2位に入った。

高校時代、国体の100mで2度優勝した。高1の時の県大会では、4種目[4] の後に顧問が止めたのにマイルリレーのアンカーを務め、走りきったあと倒れた。高3のインターハイの2週間前に体育の授業でバスケットボールの最中に体育館の窓ガラスにかかとを突っ込み15針を縫う怪我をするが出場し、100mでは決勝まで進出したものの8位[5]、優勝候補の200mでは25秒となり予選落ちした。

大学在学中に両親の離婚や、父との死別など不幸が重なり、陸上競技を続けることが経済的に困難となるが、2000年シドニーオリンピック代表入りし、陸連強化指定選手となり競技を続ける。なおそれまでは、食事が玉ねぎ一個だけであったり、練習時間を確保するため、深夜3時まで居酒屋の皿洗いのアルバイトをする等、苦境を乗り越えた末にオリンピック代表を勝ち取った。

2003年の日本陸上競技選手権大会では、日本新記録となる20秒03のタイムを出し優勝。

2003年の世界陸上パリ大会では、8月29日の男子200m走決勝に進出し、20秒38で3位となった[6]。当時のフランス地元テレビ放送で「 Il est formidable, ce type. (すごい奴だ) 」と紹介され、銅メダルを獲得して高野と泣きながら抱き合う映像がフランス国内でも放映された[7](しかし男子4x100mリレーは足の故障発生により欠場)。同年10月8日には、3人目となる熊本県民栄誉賞を受賞した[8]

2004年8月のアテネオリンピックは、前年世界陸上で銅メダルを獲得した200mを回避し、男子100mに専念するも、2次予選敗退に終わった。男子4x100mリレー決勝では第2走者を担当、惜しくも4位入賞で五輪メダル獲得にあと一歩届かなかった。

2007年世界陸上選手権での4×100mリレー決勝サブトラックでは、「朝原(宣治)さんにメダルを!」と発言した。この時も第2走者を務め、38秒03のアジア新記録をマークしながらも5位入賞に留まり、朝原と共に1年後の北京オリンピックで、再度メダル獲得に向けての再挑戦の意向を示していた。

2008年8月22日の北京オリンピック男子4x100mリレー決勝では第2走者として激走[注 2]、オリンピックにおける日本男子トラック種目で史上最高位の3位に入り、日本代表としても陸上競技のリレー種目では歴代初めてとなる悲願の銅メダルを獲得。その後、このレースで金メダルを獲得していたジャマイカチームのネスタ・カーターがドーピングの検体の再検査で禁止薬物の陽性反応を示したため、2017年に銀メダルに繰り上げとなっている[9]。 2008年10月以降は、疲労を理由に無期限休養を宣言。

2011年10月、3年ぶりにレースに復帰した[10]

2012年、ロンドン五輪代表選考会でもある日本選手権への参加を目指し、5月19日の東日本実業団で出場したが、標準記録を切れずロンドン五輪出場の可能性は途絶えた。10月の国体では熊本県代表に選ばれ400mリレーでチームのアンカーとして予選と準決勝を走った[11]

2013年、4月13日の熊本県選手権100mに出場し、江里口匡史に次ぐ2位に入った[12]。5月の東日本実業団100mでは去年に続き決勝に進出したが、準決勝で右脚を痛めたために決勝は棄権した[13]。9月の全日本実業団100mでは10秒54のシーズンベストをマークして5位[14]。10月の国体400mリレーでは昨年に続き熊本県代表のアンカーを務め、4位入賞を果たした。

2014年、4月19日の東京選手権100mに出場。利き足の右足を前に置くスタートではなく、左足を前に置いてスタートするという新しい走り方で挑み、準決勝で敗退した[15]。5月の東日本実業団100mは3年連続の決勝進出を果たして4位。6月の日本選手権は参加標準記録Aを切れなかったため、出場は叶わなかった。

2015年3月31日付でミズノを退社し[16]、4月1日よりプロの陸上選手として活動している[17]

2016年4月1日付で星槎大学の特任准教授に就任した[18]

2018年より自身の走ることに対する世界観を表現した「EAGLERUN」を起ち上げ、選手を続けながら指導やメディア出演などの活動を行っている。

特徴

日本に古くから伝わる武術から考え出した『ナンバ』の動きを取り入れているとされるが、右足(左足)と右腕(左腕)を同時に同方向へ動かしているわけではない。実際に高野と末續とが取り組んだ走法は、例えば右足が前に出るとき同じ側の胸を脚の上に乗り込ませるようにするもので、その時に自然と右腕は後ろに引かれるが内旋動作がはいるために大きく振ることはできない(意識的に腕を振らないと思われがちだが結果的に大きく動かないだけである)。脚と腕が同方向へ同時に動けば人体構造上、走ることはもちろん歩くことも不自然かつ困難であり所謂『ナンバ走り』ではない[19]。また肩の動きを抑えていると言われる事もあるが実際には上記の理由により例えば朝原宣治などの走り方と比べれば大きく前後に動くことはないが、逆に上下には大きく動いており、しかも正面から見た場合には頭から足まで波打つように大きく振られている[20]

記録

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種目記録風速年月日場所備考
100m10秒03+1.8m/s2003年5月5日水戸市日本歴代8位
200m20秒03+0.6m/s2003年6月7日横浜市日本記録(元アジア記録)
400m45秒992002年8月18日町田市熊本県記録
4×100mR38秒032007年9月1日大阪市元アジア記録
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主な戦績

主要国際大会

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大会 場所 種目 結果 記録 備考
1999 アジアジュニア選手権 シンガポール 100m 3位 10秒68 (-0.1)
4x100mR 優勝 39秒86 (3走)
2000 オリンピック シドニー 200m 準決勝 20秒69 (+0.3) 全体14位
2次予選20秒37:五輪日本人最高記録
4x100mR 6位 38秒66 (3走) 準決勝38秒31:アジアタイ記録
2001 東アジア競技大会 大阪 200m 優勝 20秒34 (0.0) 大会記録
4x100mR 優勝 38秒93 (3走) 大会記録
世界選手権 エドモントン 200m 準決勝 20秒39 (+0.7) 全体10位
4x100mR 4位 38秒96 (2走) 大会終了後に5位から4位に繰り上がり
2002 アジア競技大会 釜山 200m 優勝 20秒38 (0.0)
4x100mR 2位 38秒96 (2走)
2003 世界選手権 パリ 200m 3位 20秒38 (+0.1) 五輪・世界選手権を通じて短距離種目で日本人初のメダル[注 3]
準決勝20秒22:世界選手権日本人最高記録
アフロアジア競技大会 (en)  ハイデラバード 100m 3位 10秒36 (-0.6)
2004 オリンピック アテネ 100m 2次予選 10秒19 (0.0) 全体17位
4x100mR 4位 38秒49 (2走)
2005 世界選手権 ヘルシンキ 200m 準決勝 20秒84 (-0.3) 全体11位
4x100mR 8位 38秒77 (1走)
アジア選手権 仁川 100m 2位 10秒42 (-0.3)
4x100mR 優勝 39秒10 (4走)
2006 ワールドカップ (en)  アテネ 4x100mR 3位 38秒51 (2走) アジア代表 (メンバーは全員日本人[注 4])
200m 3位 20秒30 (+0.1)
アジア競技大会 ドーハ 200m 優勝 20秒60 (+0.7)
4x100mR 2位 39秒21 (2走) 同タイム着差あり
2007 世界選手権 大阪 200m 2次予選 20秒70 (+0.9) 全体19位
4x100mR 5位 38秒03 (2走) アジア記録
2008 オリンピック 北京 200m 1次予選 20秒93 (-0.7) 全体34位
4x100mR 2位 38秒15 (2走) 五輪のトラック種目で日本男子初のメダル
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その他

テレビ番組

書籍

著書

  • 『自由。 世界一過酷な競争の果てにたどり着いた哲学』(2020年10月21日、ダイヤモンド社)ISBN 9784478110836
  • 『アスリートの本質 最強スプリンターが語る勝敗哲学』(2021年7月16日、竹書房)ISBN 9784801923348

関連書籍

  • 『末続慎吾×高野進 栄光への助走 日本人でも世界と戦える!』(著者:折山淑美)(2003年12月25日、集英社 集英社be文庫)ISBN 978-4086500517
  • 『世界最速の靴を作れ! 常識を覆せ!末続慎吾選手を支える「ミズノ」スタッフたちの挑戦』(著者:松井浩)(2004年7月30日、光文社)ISBN 9784334974589
  • Tarzan特別編集 100m 末續慎吾』(著者:マガジンハウス)(2005年6月15日、マガジンハウス)ISBN 978-4838784745

脚注

関連項目

外部リンク

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