パリス (バンド)
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1974年12月、ウェルチはフリートウッド・マックを脱退して、自分が参加した最後のアルバムとなった『クリスタルの謎』のエンジニアの一人だったジミー・ロビンソンと共に、よりハード・ロック的なアルバムを製作しようと考えた。ジェスロ・タルのオリジナル・メンバーで脱退後にワイルド・ターキー[1]を結成して活動していたグレン・コーニック(ベース)を迎え、約1年間企画を練った上、元ナッズ[注釈 2]のトム・ムーニー[2](ドラム)を迎えてトリオを結成。彼等はコーニックがデザインしたロゴが印象的なファースト・アルバム『パリス・デビュー!!』(1976年)を発表する。
レコーディングだけに参加したムーニーの後任にハント・セールスを迎え、ロサンゼルス・エリアを中心に全米各地でライブを行う。彼等は殆ど無名で、ロングビーチ・アリーナなどの大会場では前座を務めた。続いて前作よりポップス寄りで曲調もバラエティに富んだ『パリス・セカンド - ビッグ・タウン2061』(1976年)を発表。セールスは前作を下回った。ウェルチは後に「(パリスは)完全に準備不足だった」と述べている。
ウェルチは3枚目のアルバムの制作に取り掛かった。セールスが顔面麻痺を病み、コーニックが音楽から身を引いて食品会社のマネージャーになってしまったので、ほとんど一人で制作を進めた。彼の構想はギターを中心にしたロックとポップスの融合で、これに好感触を示したレコード会社がソロ名義の制作を提案した。その結果、初のソロ・アルバム『フレンチ・キッス』(1977年)が発表された。