パレスチナの手工芸品
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専ら女性の芸術的伝統として、刺繍は数百年に渡ってパレスチナの伝統衣装を彩る重要な役割を果たしてきた[3]。主要な型は二つあり、それぞれtatreez(クロスステッチ刺繍)とtahriri(コーチングステッチ刺繍)と呼ばれている[4]。パレスチナ人の伝統衣装やアラブ世界への輸出を目的とした衣類の生産はマジャルの破壊された村における重要な産業だった。マジャルの織布は技術面で一般に知られており、男性の織り手が一台の踏み子式織機を用いて作っている。これには黒と藍色の木綿糸と、鮮やかな赤紫と青緑色の絹糸とを掛け合わせたものが用いられる。その村は今日では最早存在していない一方で、マジャル織布の技巧はアトファルナ工芸団体と、ガザの美術工芸村によって運営されている文化保護プロジェクトの一部として存続している[4]。
ガザ自体が衣装生産の中心地であり、美しい絹の布として知られたgazzatumがそこで生産されていた。13世紀初期よりヨーロッパへと持ち込まれ、これは後に、今日ではガーゼとして知られている目の粗い織布の由来となった[5]。
ベドウィンにおいて布を織るのは伝統的に女性の役割で、織った布で砂漠における生活に適した日用品を作っている。羊毛から紡いだ綿糸を天然染料で染め上げ、地機を用いて織布が作られる。そして出来上がった頑丈な織布はテントや敷物、枕やほかの国内生産品に使われる[4]。

ガラス製造
オリーブ材による木彫装飾

ベツレヘムの自治体によると、オリーブ材による木彫装飾は4世紀、ベツレヘムでの降誕教会の建設に伴って始まったと考えられており、当時のキリスト教の修道士は、町の住民らに工芸品の製作方法を教えていた。木彫装飾の正確な起源は曖昧だが、最も初期のオリーブ材による工芸品のうちの1つに、オリーブの種を彫刻して作ったロザリオがある[6]。
オリーブ材は腐敗しにくく、いろいろな細工を表面に施すことができるため、手工芸品を作る上で理想的な材木である。オリーブ材は簡素な手工具を用いて削るのが一般的だが、今日では、粗く削る際には設計モデルがプログラムされた機械が使われている。しかしながら顔の成型といった細かい作業を行う際には、彫刻は必ずのみなどを使った手作業でなされる[6]。
オリーブ材による木彫装飾は、観光客によって大量に購入されており、ベツレヘムの経済産業において重要な位置を占めている。町の数多くの芸術家たちが、箱や額縁、歴史書や古書のカバーなどの他、蝋燭立てやロザリオ、壺、花瓶、そしてクリスマス用の装飾など、千以上の異なる手工芸品を製作し続けている。こういった作品の中には、イエスやマリア、ヨセフ、そして東方の三博士といった人物を描く聖書の光景を組み込んだものもある[6]。
螺鈿細工
陶磁器
石鹸製造
ナブルス石鹸は、ヨルダン川西岸地区のナブルスにおいてのみ生産されているカスチール石鹸の一種である。オリーブオイルを原料としているこの石鹸は主として3種類の成分から作られる。バージンオリーブオイルと水、そしてナトリウム化合物である。これを生産しているナブルスの労働者らは、ナブルス石鹸の独特の香りを自慢としており、彼らはその香りが石鹸の成分の品質と純度を証明するものだと考えている[9]。
10世紀頃から長きに渡って優れた製品であるとの評判を得て、ナブルス石鹸はアラブ世界からヨーロッパに至るまで輸出されている[9][10]。石鹸工場の数は19世紀のピーク時に30棟で、現在では2棟にまで急落しているが、パレスチナないしナブルスの文化遺産における重要な部分である石鹸製造を守ろうとする動きは継続している[10][9]。
