ヒサヤ大黒堂
日本の大阪府大阪市にある製薬会社
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概要
1611年(慶長16年)、三河国西尾(現・愛知県西尾市)に永田久右衛門が創業。当主(20代目堂主)は永田久継。
おもに痔の薬を製造・販売しているが薬局・薬店での販売は行わず、通信販売や「薬寮」と呼ばれる自社店舗での頒布を行っている。長年にわたり新聞各紙にも簡単な痔疾の解説、あるいは個人相談担当医師の挨拶文と、少量の軟膏と内服薬をセットにしたサンプルを無料進呈する旨の広告を出している。
創業以来、家伝の門外不出の秘薬として一子相伝されてきたが、1807年(文化4年)、7代目堂主の永田久七によって不思議膏の一般頒布が始められ、その際に時の西尾藩主より「久屋(ひさや)」の屋号を賜る。第17代堂主主国太郎が明治政府公認の売薬許可を取得し、痔疾専門の医薬品製造並びに直接販売にかかわる法人「ヒサヤ大黒堂」として現在に至る[2]。
昭和初期に創業の地であった西尾より、大阪・北浜に移転した。合資会社ヒサヤ製薬を経て、1960年代後半に株式会社ヒサヤ大黒堂となった。
商品
店舗
苦楽園祖心堂修治道場
その他
「痔」のふりがなは現代仮名遣いでは「じ」であるが、ヒサヤ大黒堂では江戸期以来、歴史的仮名遣(字音仮名遣)の「ぢ」を用いている。
屋外広告や新聞広告などによる圧倒的なインパクトから、ひらがなの「ぢ」が痔あるいはヒサヤ大黒堂を連想させている例が多く、一例としてはビートたけし(北野武)、トータス松本(ウルフルズ)、ユースケ・サンタマリアが出演していた音楽バラエティ番組『新橋ミュージックホール』(よみうりテレビ)において、「ぢ・大黒堂」というグループ名でCDを出したことが挙げられる(ヒサヤ大黒堂とは無関係)。なおグループ名の由来は、バンド名に多く使われる冠詞の「the」から着想を得て、そこから「the」→「ぢ(痔)」と連想した物だという。
香港のビクトリア・ハーバー(香港島サイド)に「ぢ」と記されたネオン看板を出していたことでも有名であったが、この看板は1990年代初頭に撤去されている。
