ビリー・アイドル

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ビリー・アイドル
Billy Idol
スウェーデン・ボルレンゲ公演 (2012年6月)

ロゴ
基本情報
出生名 William Michael Albert Broad
生誕 (1955-11-30) 1955年11月30日(70歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド
ロンドンハーロウ区
ジャンル グラムロックポップロックハードロックパンクロックニュー・ウェイヴポストパンクダンス・パンク
職業 ミュージシャンボーカリストシンガーソングライター俳優
担当楽器 ボーカルギター
活動期間 1976年 - 現在
レーベル クリサリス・レコード
サンクチュアリ・レコード
Bodog Music
BFI Records
共同作業者 Chelsea
ジェネレーションX
スティーヴ・スティーヴンス
公式サイト billyidol.net

ビリー・アイドルBilly Idol1955年11月30日 - )は、イングランド出身のロックミュージシャンシンガーソングライター俳優

パンクロックの出身で、ソロに転身後 ボーカリストとして大きな成功を掴んだ。主な代表曲に全米1位を獲得した「モニー・モニー」(オリジナルはトミー・ジェイムス&ザ・ションデルズ)などがある。

1976年パンクロックバンドジェネレーションX」を結成し、1978年セルフタイトルのアルバム『ジェネレーションX』でデビュー。本国イギリスでの成功に加え、日本公演も行うが、3枚のアルバムを残して1981年に解散。

1982年アメリカ合衆国に渡り、ソロ時代の盟友となるギタリスト、スティーヴ・スティーヴンスと出会う。アルバム『ビリー・アイドル』でソロ・デビュー。「White Wedding」や「Dancing with Myself」のビデオがMTVで話題となる。1983年に発表したアルバム『反逆のアイドル』が数百万枚のセールスを上げスーパースターとなる。

「Cradle of Love Tour」より (1990年)

1986年に『ウィップラッシュ・スマイル』、1987年に『バイタル・アイドル』(コンピレーション)とアルバムを発表。1987年のライブ・バージョンのシングル「モニー・モニー」が全米ナンバー1を獲得。その後、スティーヴ・スティーヴンスがバンドを脱退するが、1990年のアルバム『チャームド・ライフ』も大ヒットとなる。

エレクトロニカを先取りした『サイバーパンク』(1993年)は、商業的には失敗(全米トップ40に入らなかった)。同年、ビリーのライブに、ジェネレーションXのメンバーが12年ぶりに集結し客演した[1]

1994年、再びスティーヴ・スティーヴンスと共演したシングル「スピード」(映画『スピード』の主題歌)がヒットするも、1996年ザ・フーのライブにゲスト出演したのを最後に、歌手としての活動は途絶える。

2001年に音楽活動を再開し、2005年に12年ぶりのオリジナル・アルバム『デヴィルズ・プレイグラウンド』を発表した。

2006年、クリスマス・アルバム『Happy Holidays』を発表。収録曲のほとんどがスタンダード・ナンバー(「ホワイト・クリスマス」、「きよしこの夜」等)という内容であった。

2014年、9年半ぶりとなるオリジナル・アルバム『逆襲のアイドル』を発表。プロデュースはトレヴァー・ホーンが担当。盟友のスティーヴ・スティーヴンスが共作/ギターで参加している[2]

自叙伝『Dancing with myself』刊行。

1991年の『ドアーズ』、1998年の『ウェディング・シンガー』など、俳優として映画にも出演している。

雑記

  • 坂上忍は彼の大ファンだったことがあり、「Rebel Yell」を「MIDNIGHT DANCE」と改題の上で、日本語にてカバーしたこともある。
  • ロバート・パトリックによれば、『ターミネーター2』で元々T-1000役にキャスティングされていたのはビリー・アイドルだったが、当人が負傷降板したためパトリック自身に役が回ってきたという[3]

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

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