ビリー・アイドル
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| ビリー・アイドル Billy Idol | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | William Michael Albert Broad |
| 生誕 | 1955年11月30日(70歳) |
| 出身地 |
ロンドン・ハーロウ区 |
| ジャンル | グラムロック、ポップロック、ハードロック、パンクロック、ニュー・ウェイヴ、ポストパンク、ダンス・パンク |
| 職業 | ミュージシャン、ボーカリスト、シンガーソングライター、俳優 |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター |
| 活動期間 | 1976年 - 現在 |
| レーベル |
クリサリス・レコード サンクチュアリ・レコード Bodog Music BFI Records |
| 共同作業者 |
Chelsea ジェネレーションX スティーヴ・スティーヴンス |
| 公式サイト |
billyidol |
ビリー・アイドル(Billy Idol、1955年11月30日 - )は、イングランド出身のロック・ミュージシャン、シンガーソングライター、俳優。
パンクロックの出身で、ソロに転身後 ボーカリストとして大きな成功を掴んだ。主な代表曲に全米1位を獲得した「モニー・モニー」(オリジナルはトミー・ジェイムス&ザ・ションデルズ)などがある。
1976年にパンクロック・バンド「ジェネレーションX」を結成し、1978年にセルフタイトルのアルバム『ジェネレーションX』でデビュー。本国イギリスでの成功に加え、日本公演も行うが、3枚のアルバムを残して1981年に解散。
1982年、アメリカ合衆国に渡り、ソロ時代の盟友となるギタリスト、スティーヴ・スティーヴンスと出会う。アルバム『ビリー・アイドル』でソロ・デビュー。「White Wedding」や「Dancing with Myself」のビデオがMTVで話題となる。1983年に発表したアルバム『反逆のアイドル』が数百万枚のセールスを上げスーパースターとなる。

1986年に『ウィップラッシュ・スマイル』、1987年に『バイタル・アイドル』(コンピレーション)とアルバムを発表。1987年のライブ・バージョンのシングル「モニー・モニー」が全米ナンバー1を獲得。その後、スティーヴ・スティーヴンスがバンドを脱退するが、1990年のアルバム『チャームド・ライフ』も大ヒットとなる。
エレクトロニカを先取りした『サイバーパンク』(1993年)は、商業的には失敗(全米トップ40に入らなかった)。同年、ビリーのライブに、ジェネレーションXのメンバーが12年ぶりに集結し客演した[1]。
1994年、再びスティーヴ・スティーヴンスと共演したシングル「スピード」(映画『スピード』の主題歌)がヒットするも、1996年にザ・フーのライブにゲスト出演したのを最後に、歌手としての活動は途絶える。
2001年に音楽活動を再開し、2005年に12年ぶりのオリジナル・アルバム『デヴィルズ・プレイグラウンド』を発表した。
2006年、クリスマス・アルバム『Happy Holidays』を発表。収録曲のほとんどがスタンダード・ナンバー(「ホワイト・クリスマス」、「きよしこの夜」等)という内容であった。
2014年、9年半ぶりとなるオリジナル・アルバム『逆襲のアイドル』を発表。プロデュースはトレヴァー・ホーンが担当。盟友のスティーヴ・スティーヴンスが共作/ギターで参加している[2]。
自叙伝『Dancing with myself』刊行。
1991年の『ドアーズ』、1998年の『ウェディング・シンガー』など、俳優として映画にも出演している。
雑記
- 坂上忍は彼の大ファンだったことがあり、「Rebel Yell」を「MIDNIGHT DANCE」と改題の上で、日本語にてカバーしたこともある。
- ロバート・パトリックによれば、『ターミネーター2』で元々T-1000役にキャスティングされていたのはビリー・アイドルだったが、当人が負傷降板したためパトリック自身に役が回ってきたという[3]。