ビルクハーン

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ビルクハーン (Birkhahn) とは、20世紀中ごろに活躍したドイツ競走馬種牡馬

馬名はドイツ語で黒ライチョウの意。

現役期間 1947年 - 1950年
欧字表記 Birkhahn
性別
ビルクハーン
現役期間 1947年 - 1950年
欧字表記 Birkhahn
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 (1945-03-16) 1945年3月16日
死没 1965年
抹消日 1950年
Alchimist
Bramouse
母の父 Cappiello
生国 ドイツの旗 ドイツDröschkau
生産者 マデライネ・フォン・ハイニッツ|Frau M. v. Heynitz
馬主 K. H. Wieland
調教師 E. Brege
競走成績
生涯成績 22戦16勝
獲得賞金 西ドイツ39,800マルク、東ドイツ156,800マルク
勝ち鞍
1948年東独ダービー 1948年ドイツダービー
繁殖成績
タイトル 西独リーディングサイアー|1967,1968,1970年
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1945年3月14日にノルトザクセン州ドロシュカウでマデライネ・フォン・ハイニッツによって生産されたビルクハーンは1947年に東ドイツでデビューし、2歳時は6戦6勝、東ドイツの最優秀2歳牡馬となった。

3歳になっても東ドイツで走り、東ドイツ2000ギニー、東ドイツダービーを連勝した。その後西ドイツに遠征しドイツダービーも勝利、史上唯一の東西ドイツダービー優勝馬となった。西ドイツでさらに1戦して勝利したのち東ドイツに凱旋したビルクハーンは東ドイツでも勝利を重ねるが、西ドイツのゲルリング賞で初めて4着に敗れ、デビュー以来の連勝は12で止まった。3歳時の成績は7戦6勝だった。

4歳時は4戦1勝、5歳時は5戦2勝の成績で現役を引退した。

引退後は東ドイツで種牡馬として成功し、1960年からは西ドイツで繋養され、1965年に死亡。死亡後の1967年、1968年、1970年に西ドイツリーディングサイアーに輝いた。

ビルクハーン産駒からはPriamosとLiteratのドイツリーディングサイアーが誕生し、Priamos産駒のドイツダービー馬スタイヴァザントは日本でも供用されたが重賞馬を2頭出したのみで父系は途絶えた。一方のLiteratは産駒のSurumu、Surumuの産駒Acatenango、Acatenangoの産駒Landoがいずれもドイツダービーを勝利し、Landoはジャパンカップにも勝利した。父系は2025年現在絶滅寸前ではあるが、Surumuを母父に持つMonsunの種牡馬としての成功で本馬の血は多くの馬に受け継がれており、代表的な活躍馬に欧州では祖母Tucanaが本馬の4×5のクロスを持つトルカータタッソ、日本ではSurumuの仔Platiniを母の父に持つエイシンフラッシュがいる。

参考文献

血統表

外部リンク

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