アードパトリック
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| アードパトリック | |
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| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 青鹿毛 |
| 生誕 | 1899年 |
| 死没 | 1923年 |
| 父 | セントフローリアン |
| 母 | ルガネッテ |
| 生国 | イギリス |
| 生産者 | Mr John Gubbins |
| 馬主 | Mr John Gubbins |
| 調教師 | Sam Darling |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 11戦6勝 |
アードパトリック(Ard Patrick, 1899年 - 1923年)とは、20世紀初頭に活躍したイギリスの競走馬である。のちドイツで種牡馬として成功した。半兄にイギリスクラシック三冠馬ガルティーモアがおり、馬名も兄と同じく山の名に因んでいる。
主な勝ち鞍は1902年のエプソムダービーとプリンスオブウェールズステークス、1903年エクリプスステークス等。2000ギニーはセプターの3着に敗れたが、エプソムダービーではそのセプターを4着に沈め同馬のクラシック五冠を阻止した。

その後故障で調子を崩すも、翌年のプリンセスオブウェールズステークスを快勝。続くエクリプスステークスでは四冠馬セプター、同年の二冠馬ロックサンド(後の三冠馬)との対決となり、ロックサンドとアードパトリックを振り切ったセプターが一瞬勝ったかに思われたが、アードパトリックが再び差し返し首差勝利を収めた。この激闘の後、脚部に不安を発症し引退、兄と同じくドイツで種牡馬入りした。ドイツではセントサイモン系種牡馬の先駆けとなり、1911,13,14年の3度種牡馬リーディングトップに立った。主な産駒にドイチェスダービー優勝馬アリエル、ニュージーランドリーディングサイアーのリュキュリュス等。