ピーター・ゴールウェイ
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ピーター・ゴールウェイ(Peter Gallway、1947年5月19日 - )は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター[1]。
ニューヨーク州ロングアイランドに生まれ、ニューヨーク市マンハッタン区グリニッジ・ヴィレッジで少年期を過ごした[1]。
幼馴染のケニー・アルトマン (Kenny Altman) らとバンドを組み、1966年にはザ・ストレンジャーズ (the Strangers) 名義でシングル「Land Of Music」をリリースした[1][2]。その後もアルトマンとともに、別のメンバーでバンドを組み、1969年にはフィフス・アヴェニュー・バンド (Fifth Avenue Band) として、アルバム『フィフス・アヴェニュー・バンド (The Fifth Avenue Band)』を発表した[1][3]。
その後、拠点をロサンゼルスに移し、1971年には、バンド、オハイオ・ノックス (Ohio Knox) 名義で、全曲が自作のアルバム『Ohio Knox』を発表し、翌1972年には、初のソロ・アルバム『ピーター・ゴールウェイ (Peter Gallway)』を出した[1][4][5]。
その後、東部に戻り、メイン州に定住して、音楽活動は低調になるが、1978年にはアルバム『オン・ザ・バンドスタンド (On the Bandstand)』が日本限定で発売され、翌1979年には、収録曲を一部差し替えて『トーキョー・トゥ・ココモ (Tokyo to Kokomo)』が米国でリリースされた[1][6][7]。
以降、1980年代から1990年代にかけて、ソロ・アルバムをコンスタントにリリースし、2000年代には再びカリフォルニア州に拠点を移してサンタバーバラ一帯で活動した。
日本への影響
ゴールウェイの作品は、必ずしも大きな商業的成功を収めたとは言えないが、日本の音楽界では、フィフス・アヴェニュー・バンドのアルバム『フィフス・アヴェニュー・バンド』がシュガーベイブに影響を与えたとされ、また、ティン・パン・アレー関係者などの関心を引いていた[9]。
ゴールウェイは、1978年に初めて来日し、以降、パイド・パイパー・ハウスの長門芳郎との繋がりもあって、何度も来日し、しばしば日本人ミュージシャンたちとセッションをおこなった[9]。1989年の来日時にエフエム東京でおこなったスタジオ・ライブは、後に2020年に『ピーター・ゴールウェイ・トーキョー・セッションズ』としてCD化された[9][10]。