ファイク・ボルキア

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本名 ファイク・ジェフリ・ボルキア
Faiq Jefri Bolkiah
ラテン文字 Faiq Bolkiah
生年月日 (1998-05-09) 1998年5月9日(27歳)
ファイク・ボルキア
名前
本名 ファイク・ジェフリ・ボルキア
Faiq Jefri Bolkiah
ラテン文字 Faiq Bolkiah
基本情報
国籍 ブルネイの旗 ブルネイ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1998-05-09) 1998年5月9日(27歳)
出身地 ロサンゼルス
身長 175cm
選手情報
在籍チーム タイ王国の旗 チョンブリーFC
ポジション MF/FW
背番号 11
ユース
-2009 イングランドの旗 AFCニューベリー
2009-2013 イングランドの旗 サウサンプトン
2013 イングランドの旗 レディング
2013 イングランドの旗 アーセナル
2014-2016 イングランドの旗 チェルシー
2016-2020 イングランドの旗 レスター
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2020-2021 ポルトガルの旗 マリティモB 3 (0)
2022- タイ王国の旗 チョンブリー 8 (0)
代表歴2
2013  ブルネイ U-19 5 (1)
2015-2019  ブルネイ U-23 14 (1)
2016-  ブルネイ 6 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年2月26日現在。
2. 2019年9月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ファイク・ジェフリ・ボルキアマレー語: Faiq Jefri Bolkiah1998年5月9日 - )は、ブルネイサッカー選手ブルネイ代表主将[1]。ポジションはMFもしくはFW。ブルネイ国王のハサナル・ボルキアの甥としても知られる[2]。世界的に裕福な家系に生まれ、選手としての実績は無名であるが、世界一資産の多いサッカー選手である(日本円で約2兆1390億円)[3][4]

2009年、AFCニューベリーの下部組織に在籍した時に、1年契約でサウサンプトンFCのアカデミーに移籍[5][6]。その後、レディングFC[7]アーセナルFCの下部組織にも在籍した[7][8]。アーセナルでは2013 ライオンシティカップに出場しSCコリンチャンス・パウリスタアイントラハト・フランクフルトPSVアイントホーフェンシンガポール国立フットボールアカデミーと対戦、シンガポール国立フットボールアカデミーから1得点を奪い、2-1の勝利に貢献した[9]。2014年に2年契約でチェルシーFCに移籍した[10]。2016年夏に契約満了であったが、2015年12月に退団しストーク・シティFCのトライアルに参加した[11]。2016年3月に3年のプロ契約でレスター・シティFCに移籍した[12][2]。当初はU-18チームの所属であったが、2016年7月にU-23チームに昇格[13]

2020年9月23日、プリメイラ・リーガCSマリティモへ完全移籍[14]

代表歴

アメリカ合衆国で生まれたため、アメリカ代表として出場する権利も持ち合わせており、ユース年代ではアメリカ合衆国代表からもスカウトされた[15]。しかし彼はブルネイ代表を選択し、U-19、U-23のレベルで出場した[12]2015年東南アジア競技大会のメンバーにもなった[15][16]。同大会では東ティモール代表から得点を奪ったものの、1-2で敗北した[17]

2016 AFFスズキカップ予選でA代表のメンバーにも選出されたため、2016年10月15日の東ティモール代表戦では代表初出場も期待された[18]。この試合で彼はスターティングメンバーに名を連ねて代表初出場、フル出場を果たし2-1の勝利に貢献した[19]。21日のラオス代表戦でPKを決めて代表初得点となった[20]。その後、AFCソリダリティーカップでは18歳にして同国代表の主将に就任、決勝トーナメントから出場した[1]

個人

父親はブルネイの元財務大臣ジェフリ・ボルキア[16]、叔父はブルネイ国王のハサナル・ボルキアである。ロサンゼルスで生まれたため、アメリカ合衆国籍も保有している[15][21]。英国のブラッドフィールド・カレッジに在籍した[6]

個人成績

参考文献

外部リンク

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