ファールン赤
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復活
ファールンでは数百年に及ぶ採掘の後、残留物の大きな山が鉱山の周辺で地上に堆積した。
16世紀になると、鉱山の鉱滓や製錬所のスラグが鉱化して、銅、石灰石、珪酸、亜鉛などを多く含む赤い色の汚泥が作られるようになった。これを数時間加熱し、亜麻仁油やライ麦粉と混ぜると、耐候性に優れた塗料になることがわかった。17世紀には、上流階級が建てた赤レンガのファサードを模して、木造の建物にファールー赤が塗られるようになった。
スウェーデンの都市部では、19世紀初頭まで木造の建物にファールン赤が塗られていたが、当局がファールン赤の使用に反対するようになった。
19世紀になると、スウェーデンの田舎では、貧しい農家や小作人が家を塗るようになり、ファールン赤の人気が復活した。今でも田舎ではファールン赤が広く使われている。フィンランド語で牧歌的な家と生活を指す「赤いコテジとジャガイモ畑」(punainen tupa ja perunamaa)という表現があるが、これはファールン赤で塗られた田舎の家のことを指している。
