フィリップ・ヴィルヘルム (プファルツ選帝侯)
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| フィリップ・ヴィルヘルム Philipp Wilhelm | |
|---|---|
| プファルツ選帝侯 | |
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| 在位 | 1685年 - 1690年 |
| 別号 |
プファルツ=ノイブルク公 ユーリヒ=ベルク公 |
| 在位 | 1653年 - 1690年 |
| 出生 |
1615年10月4日 ヘッセン=ダルムシュタット方伯領、ギーセン |
| 死去 |
1690年9月12日(74歳没) |
| 埋葬 |
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| 配偶者 | アンナ・カタジナ・コンスタンツィア・ヴァザ |
| エリーザベト・アマーリア・フォン・ヘッセン=ダルムシュタット | |
| 子女 | 一覧参照 |
| 家名 | プファルツ=ノイブルク家 |
| 父親 | プファルツ=ノイブルク公ヴォルフガング・ヴィルヘルム |
| 母親 | マグダレーネ・フォン・バイエルン |
| 宗教 | キリスト教カトリック |
フィリップ・ヴィルヘルム(Philipp Wilhelm, 1615年10月4日 - 1690年9月2日)は、プファルツ選帝侯(在位:1685年 - 1690年)。元はプファルツ=ノイブルク公(在位:1653年 - 1690年)、ユーリヒ=ベルク公(在位:同)であった。
父はプファルツ=ノイブルク公ヴォルフガング・ヴィルヘルム、母はバイエルン選帝侯マクシミリアン1世の妹マグダレーネである。スウェーデン王カール10世は又従弟に当たる。
1685年、カール2世が嗣子なくして死去したため、プファルツ選帝侯位を継承した。フリードリヒ3世からカール2世に至るプファルツ=ジンメルン家系のプファルツ選帝侯はいずれもプロテスタントであったが、フィリップ・ヴィルヘルムの継承によってカトリックに戻ることになった。
遠縁のフィリップ・ヴィルヘルムによる選帝侯位継承に対して、フランス王ルイ14世は王弟オルレアン公フィリップ1世の妃でカール2世の妹であるエリザベート・シャルロットの継承権を主張し、ラインラントへ侵攻した。これを契機として、反仏同盟であるアウクスブルク同盟諸国とフランスとの間でアウクスブルク同盟戦争(プファルツ継承戦争ともいう)が勃発した。既に高齢だったフィリップ・ヴィルヘルムは、戦争中に没した。