フィリップ・ヴォルシャイト
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2014年のレヴァークーゼンでのヴォルシャイト | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Philipp Wollscheid | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1989年3月6日(36歳) | |||||
| 出身地 | ヴァーダーン | |||||
| 身長 | 194cm | |||||
| 体重 | 85kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | CB | |||||
| 背番号 | 2 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1994-1998 |
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| 1998-2002 |
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| 2002-2004 |
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| 2004-2006 |
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| 2006-2007 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2007-2008 |
| 18 | (0) | |||
| 2008-2009 |
| 30 | (3) | |||
| 2009-2010 |
| 40 | (1) | |||
| 2010-2012 |
| 52 | (5) | |||
| 2012-2015 |
| 51 | (2) | |||
| 2014 |
→ | 5 | (0) | |||
| 2015 |
→ | 12 | (0) | |||
| 2015-2017 |
| 33 | (0) | |||
| 2016-2017 |
→ | 7 | (0) | |||
| 2017-2018 |
| 0 | (0) | |||
| 通算 | 252 | (11) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 2010 |
| 1 | (0) | |||
| 2013 |
| 2 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2017年11月4日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
フィリップ・ヴォルシャイト(Philipp Wollscheid, 1989年3月6日 - )は、ドイツ・メルツィヒ=ヴァーダーン郡ヴァーダーン出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(CB)。
クラブ
ザールラント州ヴァーダーンに生まれたヴォルシャイトは、幼少時に憧れたジネディーヌ・ジダンの影響から中盤としてキャリアを開始[1]し、5歳から18歳まで様々な地元アマチュアクラブの下部組織を渡り歩いた。2007-08シーズンに5部のロート=ヴァイス・ハズボーン=ダウトウェイラー(en)でキャリアを始め、18試合1得点を記録。また、DFBポカールでハンザ・ロストック(0-8)戦の1試合に出場した。それから半年後から在籍した同5部の1.FCザールブリュッケンではあまり出場機会は多くなく[2]、1年半でリーグ戦30試合に出場。2009年にチームが4部へと昇格するも自身は6部を戦うBチームへの配属が言い渡された[3]ことで、新たなクラブを模索した。しかし、オファーがなかったため、代理人の提案で1.FCニュルンベルクのトライアルを受け、4部に所属する同クラブのBチームと契約[2]。1季目の2009-10シーズンは、Bチームで26試合1得点を挙げて2位に貢献した。
2009年12月28日にディーター・ヘッキング(en)監督の下でトップチームに招集[4]され、2010年11月20日の1.FCカイザースラウテルン戦(1-3)で後半からプロデビューを飾った[2]。以降は、アンドレアス・ヴォルフ(en)とCBのコンビを組んで次節のハノーファー96戦から最終節まで全試合先発出場し、2011年3月5日のFCザンクトパウリ戦で初得点を記録。最終的にキッカー紙による採点でブンデスリーガでプレーする全DF陣中3位に位置付けられ[5]、その活躍から同シーズン最大の発見と呼ばれる[1]ほど頭角を現した。また、ヘッキング監督からは、若い頃のペア・メルテザッカーのようだと称賛された[1]。ヘルタ・ベルリンとの2011-12シーズン開幕戦では、同試合の最優秀選手に選出されている。
2011年11月24日にバイエル・レヴァークーゼンと2012-13シーズンからの5年契約を締結した[6]。2012年9月20日にメタリスト・ハルキウとのUEFAヨーロッパリーグ 2012-13で欧州カップ戦初出場を飾り、10月25日のSKラピード・ウィーン戦で初得点を挙げた[7]。
2015年1月7日、ストーク・シティFCに期限付き移籍した[8]。
代表
U-20代表としては、2010年4月7日にU-20イタリアとの親善試合で1試合に出場。これが世代別代表での初めての試合だった[9]。
2013年5月16日にヨアヒム・レーヴ監督の下で5月29日のエクアドルおよび6月2日のアメリカとの親善試合へ向けてA代表に初招集され[10]、フロリダ州ボカラトンでのエクアドル戦でラース・ベンダーに代わり試合終了間際から初出場を果たした[11]。