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フィル・ヒッカーソン

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リングネーム フィル・ヒッカーソン
P・Y・チューハイ
ミスター・ナッシュビル
バイセンテニアル・キング
ニックネーム 爆弾戦車
身長 185cm[1]
体重 140kg(全盛時)[1]
フィル・ヒッカーソン
プロフィール
リングネーム フィル・ヒッカーソン
P・Y・チューハイ
ミスター・ナッシュビル
バイセンテニアル・キング
ニックネーム 爆弾戦車
身長 185cm[1]
体重 140kg(全盛時)[1]
誕生日 (1946-10-04) 1946年10月4日(78歳)[2]
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テネシー州の旗 テネシー州
マディソン郡ジャクソン[3]
デビュー 1970年[1]
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フィル・ヒッカーソン(Phil Hickerson、1946年10月4日[2] - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。テネシー州ジャクソン出身[3]。

アンコ型の巨体に禿頭と髭面のコミカルな中堅ヒールとして、地元テネシーの各プロモーション(NWAミッドアメリカ、CWA、USWA)を主戦場に活動した[1][2]。

プロレスラーになる前は自動車修理工として働く一方、暴走族のメンバーでもあったという[1]。1970年にテネシーのNWAミッドアメリカ地区にてデビュー後、1975年よりデニス・コンドリーとのバイセンテニアル・キングス(The Bicentennial Kings)なるタッグチームで活動。以降1979年にかけて、ジェリー・ローラー&ジャッキー・ファーゴ、トミー・リッチ&ビル・ダンディー、リッキー・ギブソン&ロバート・ギブソン、ワイルド・サモアンズなどのチームを相手に、同地区およびジェリー・ジャレット主宰の新団体CWAのタッグ王座を再三争った[4][5]。

コンドリーとのコンビ解散後、しばらくリングを離れていたが、1984年よりCWAに再登場。1985年下期にはテリー・テイラーやモンゴリアン・ストンパーを破り、CWAインターナショナル・ヘビー級王座を3回獲得している[6]。1986年はジョー・ルダックやジャイアント・ヒルビリーとのタッグなどで活動した[7]。1988年11月には、クラッシャー・ブラックウェルのパートナーとして全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に来日。スタン・ハンセン&テリー・ゴディ、ジャンボ鶴田&谷津嘉章、ジャイアント馬場&ラッシャー木村、天龍源一郎&川田利明、アブドーラ・ザ・ブッチャー&タイガー・ジェット・シンなどのチームと対戦したが、無得点の戦績で終わった[8]。

日本遠征から帰国後の1989年1月、CWAにてトージョー・ヤマモトをマネージャーに迎え、スキンヘッドにマーシャルアーツのパンタロンをコスチュームとしたP・Y・チューハイ(P.Y. Chu Hi)なる日系人ギミックのキャラクターに変身[9]。ジェリー・ローラーをはじめ、ケリー・フォン・エリック、ジェフ・ジャレット、リッキー・モートン、エイドリアン・ストリート、ブライアン・リー、トレイシー・スマザーズ、スコット・スタイナーなどと対戦し、当時マスター・オブ・ペインと名乗っていた若手時代のマーク・キャラウェイや、新日本プロレスから海外武者修行に出ていたショーグン・マサムネこと橋本真也ともタッグを組んだ[10]。

CWAの後継団体USWAにも継続参戦したが、1991年にセミリタイア。以降は1995年にメンフィスのミッドサウス・コロシアムでのUSWAの興行に単発出場していた[11]。同年、ファーゴ、ルダック、エディ・ギルバートらと共に、"Memphis Wrestling Hall of Fame" に迎えられている。引退後は自動車のセールスマンに転じ、地元ジャクソンのラジオ局にてカントリー・ミュージックのDJも務めていた[9]。

得意技

獲得タイトル

脚注

外部リンク

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