フェリペ・バスケス

ベネズエラの野球選手 (1991 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

フェリペ・ハビアー・バスケスFelipe Javier Vázquez, 1991年7月25日 - )は、ベネズエラヤラクイ州サン・フェリペ出身のプロ野球選手投手)。左投左打。

生年月日 (1991-07-05) 1991年7月5日(35歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
210 lb =約95.3 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
フェリペ・バスケス
Felipe Vázquez
ピッツバーグ・パイレーツ時代
(2018年7月14日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 ヤラクイ州サン・フェリペ
生年月日 (1991-07-05) 1991年7月5日(35歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 投左打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 アマチュアFA
初出場 2015年4月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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2018年4月まで本名をフェリペ・リベロ(Felipe Rivero)としていた。愛称は「ナイトメア」[1]

経歴

プロ入りとレイズ傘下時代

2008年7月30日にタンパベイ・レイズと契約してプロ入り。

2009年に傘下のルーキー級ベネズエラン・サマーリーグ・レイズでプロデビュー。16試合に登板して6勝4敗1セーブ、防御率3.74、25奪三振を記録した。

2010年もルーキー級ベネズエラン・サマーリーグでプレーし、14試合(先発9試合)に登板して3勝3敗2セーブ、防御率2.09、44奪三振を記録した。

2011年からは渡米し、この年はアパラチアンリーグのルーキー級プリンストン・レイズ英語版でプレーした。14試合(先発12試合)に登板して3勝3敗、防御率4.62、57奪三振を記録した。

2012年はA級ボーリンググリーン・ホットロッズ英語版でプレーし、27試合(先発21試合)に登板して8勝8敗、防御率3.41、98奪三振を記録した。同年のオールスター・フューチャーズゲームに選出された[2]。オフの11月20日に40人枠入りを果たした[3]

2013年はA+級シャーロット・ストーンクラブズでプレーし、25試合(先発23試合)に登板して9勝7敗、防御率3.40、91奪三振を記録した。

ナショナルズ時代

ワシントン・ナショナルズ時代
(2015年4月17日)

2014年2月13日にネイサン・カーンズとのトレードで、ホセ・ロバトンドリュー・ベッテルソン英語版と共にワシントン・ナショナルズへ移籍した[4]

2014年は傘下のAA級ハリスバーグ・セネターズで開幕を迎えたが、調整のために一時的にルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ナショナルズとA級ヘイガーズタウン・サンズ英語版に降格となった。3球団合計で14試合に先発登板して2勝7敗、防御率3.35、50奪三振を記録した。

2015年は開幕をAAA級シラキュース・チーフスで迎えた[5]。4月16日にメジャー初昇格を果たし、翌17日のフィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビュー[6]。この年はルーキーながら49試合でマウンドに登り、防御率2.79、WHIP0.95という好成績をマーク。抑えで登板する機会もあって2セーブを挙げ、新人らしからぬピッチングでブルペンの一角を支えた。

2016年はリリーフ陣の主力の1人として起用され、移籍するまでに47試合に登板し、0勝3敗1セーブ、防御率4.53、WHIP1.17という成績だった。敗戦が先行し防御率も悪化したが、49.2回を投げて53奪三振を記録し(奪三振率9.6)、三振奪取能力を見せた。

パイレーツ時代

2016年7月30日にマーク・マランソンとのトレードで、テイラー・ハーンと共にピッツバーグ・パイレーツへ移籍した[7]。移籍後は28試合にリリーフ登板して1勝3敗、防御率3.29、WHIP1.50を記録。奪三振率は12.8をマークした一方、四球も多く与四球率5.9を記録した。またシーズン通算成績は、リーグ8位タイとなる75試合に登板し、1勝6敗1セーブ、防御率4.09、WHIP1.29、与四球率3.9、奪三振率10.8という内容だった。

2017年は中継ぎとして素晴らしい成績を収め、シーズン途中からはクローザーを任され、オールスターにも初選出された。73試合に登板して5勝3敗21セーブ、防御率1.67、WHIP0.89と自己最高の成績を挙げた。

2018年1月17日、2021年までの4年総額2200万ドルで契約延長した(2022年・2023年はそれぞれ1000万ドルの球団側オプション)[8]。シーズン開幕直後の4月10日、登録名ではなく本名を「フェリペ・バスケス」に改名したと報道された。「バスケス」は姉(あるいは妹)であるプレシラの姓だという。その際に「僕の名前が入ったもの(レプリカユニフォームを指していると思われる)を買ってくれたすべてのファンに謝りたい…」とも語っている[9][10]。この年は70試合に登板して4勝2敗37セーブ、防御率2.70と好成績を挙げた。

2019年は4月7日のシンシナティ・レッズ戦で乱闘に参加し、退場処分を受けた[11]。前半戦を2勝1敗20セーブ、防御率2.11で折り返し、オールスターゲームに代替選出された。後半戦も圧巻の成績を残していたが、9月10日にクラブハウスで同僚のカイル・クリックと喧嘩になり、クリックは右手人差し指を負傷して手術を受けることとなりシーズンを終えた[12]。また9月17日には、未成年者との淫行容疑で逮捕されたことが報じられた[13]。この年はここまで56試合に登板して5勝1敗28セーブ、防御率1.65という好成績であった。逮捕以降は制限リストに登録されたことにより、試合には出場できない。

2021年8月17日に禁固2年から4年の実刑判決が下り収監された[14]

2023年3月13日、ペンシルベニア州高等裁判所が控訴を棄却した[15]。12月1日、アメリカ合衆国移民・関税執行局により強制送還を命じられ、母国ベネズエラに帰国した[16]

投球スタイル

速球は、最速102.6mph[17](約165.1km/h)・平均98.5mph(約158.5km/h)を計測する。

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
2015 WSH 4900002126.66718948.13521121432115152.790.95
2016 47000003116.00020349.24331525531026254.531.17
PIT 28000013010.25012427.12331810392013103.291.50
'16計 75000016126.14332777.06673336923039354.091.29
2017 730000532114.62530075.14742004882119141.670.89
2018 70000042370.66729670.06342421893024212.701.24
2019 56000051280.83323660.04351304903012111.650.93
MLB:5年 323000017138946.5671348330.225422101716402132109962.611.07
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  • 2023年度シーズン終了時

年度別守備成績

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投手(P)












2015 WSH 4928001.000
2016 471811.900
PIT 2804011.000
'16計 7511212.929
2017 7351310.947
2018 702510.875
2019 5605001.000
MLB 323104332.946
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  • 2023年度シーズン終了時

記録

MiLB
MLB

背番号

  • 73(2015年 - 2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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