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フェルナンド・ニコラス・オリバ

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本名 フェルナンド・ニコラス・オリバ
愛称 オリバ
ラテン文字 Fernando Nicolas Oliva
オリバ
名前
本名 フェルナンド・ニコラス・オリバ
愛称 オリバ
ラテン文字 Fernando Nicolas Oliva
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
生年月日 (1971-09-26) 1971年9月26日(54歳)
出身地 コルドバ
身長 180cm
体重 80kg
選手情報
ポジション FW/MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1990-1996 アルゼンチンの旗 インスティトゥートACコルドバ
1996-1998 日本の旗 清水エスパルス 67 (39)
1998-2000 アルゼンチンの旗 タジェレス 34 (9)
2000-2001 日本の旗 清水エスパルス 5 (1)
2003 アルゼンチンの旗 インスティトゥートACコルドバ
2003 アルゼンチンの旗 CAヘネラル・パス・ジュニアーズ
2004 アルゼンチンの旗 スポルティーボ・ベルグラーノ
通算 106 (49)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フェルナンド・ニコラス・オリバ(Fernando Nicolas Oliva、1971年9月26日-)は、アルゼンチン出身のサッカー選手。ポジションはFWMF。元アルゼンチンB代表。

セントラル・コルドバから1996年清水エスパルスに入団、FW、攻撃的MFとしてプレー、清水の得点源として活躍を続け、清水史上最高の外国人選手という声もある[1]。。同じアルゼンチン人である当時のオズワルド・アルディレス監督は、オリバを即座にチームの主軸に据え、清水にとって初タイトルとなる同年のヤマザキナビスコカップ優勝に貢献。準決勝では2ゴールを決めて決勝進出に貢献[2]、決勝ではチームの2点目を決め、3-3の激戦の末にPK戦にまでもつれ込むが、優勝を決定付けた5人目のキッカーとしてPKを成功させた[3][4]

1998年の1stステージは、6試合を負傷で欠場するなど、いま一つの調子であったが、2ndステージに入り調子を取り戻すと、攻撃の中核としての活躍を見せ、リーグ戦で21得点9アシストを記録するなど、週刊サッカーマガジン選出のベストイレブンにも選出された[5]。同年JOMOカップに外国籍選手選抜の一員として先発出場、1ゴールを決めている[6]

1999年にいったん母国に戻るものの、翌年清水に復帰。しかしこの時期は清水の攻撃陣が安永聡太郎久保山由清らが台頭し固定されており、オリバの古傷である膝の状態も芳しくかったためトップフォームに遠く、2001年7月末をもって退団した。

評価

  • エスパルスで共にプレーした澤登正朗は、現役生活の中で最高のパートナーの一人であったと話していた[7]
  • 2019年に公式戦1000試合出場を果たした遠藤保仁がその記録を記念して受けたインタビューにて、新人時代の1998年に対戦したオリバのプレーに衝撃を受けたと証言し「フィジカル、技術、選択肢のすべてが高いレベルで万能、ドリブルも多彩で予測できないかわされ方をした。とにかく上手くて何をしてくるか、何が得意なのか全く読めない選手だった」と述懐している[8]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
アルゼンチン リーグ戦 リーグ杯アルヘンティーナ杯 期間通算
1990-91インスティトゥート
1991-92
1992-93
1993-94
1994-95
1995-96
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1996清水-J185169213615
19978221352323017
1998272100002721
アルゼンチン リーグ戦 リーグ杯アルヘンティーナ杯 期間通算
1998-99タジェレス145
1999-00204
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2000清水12J1512141113
2001500000000
通算アルゼンチン
日本J1 724023129410456
総通算

その他の公式戦

脚注

関連項目

外部リンク

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