フエナン
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| Fouesnant | |
|---|---|
![]() | |
| 行政 | |
| 国 |
|
| 地域圏 (Région) |
ブルターニュ地域圏 |
| 県 (département) |
フィニステール県 |
| 郡 (arrondissement) | カンペール郡 |
| 小郡 (canton) | 小郡庁所在地 |
| INSEEコード | 29058 |
| 郵便番号 | 29170[1] |
| 市長(任期) |
ロジェ・ル・ゴフ (2008年 - 2014年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Communauté de communes du Pays Fouesnantais |
| 人口動態 | |
| 人口 |
9 155人 (2010年) |
| 人口密度 | 279人/km2 |
| 住民の呼称 | Fouesnantais |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯47度53分39秒 西経4度00分36秒 / 北緯47.894167度 西経4.01度座標: 北緯47度53分39秒 西経4度00分36秒 / 北緯47.894167度 西経4.01度 |
| 標高 |
平均:m 最低:0m 最高:71 m |
| 面積 | 32.76km2 |
| 公式サイト | Site de la commune |
フエナン (Fouesnant)は、フランス、ブルターニュ地域圏、フィニステール県のコミューン。県で最も長い海岸線を誇り、町は多くの観光客や行楽客を魅了している。
町のブルトン語名称はFouenantで、『フエン』(fouenn)と発音する。コミューン入口の二カ国後表記にはFouenと転写されている。
名前の意味は不明である。1つの仮説は、ブルトン語の第二部分である-nantが谷と関係することに注目している(現代ブルトン語では、もはや空洞の溝であることを意味しない)。また、最初の音節はブルトン語で乾草を意味するfoennからきていると、言語学者は仮説をたて考えている。公文書をさかのぼっても、フエナン地方が乾草の国であるという記載はこれまでない。
FouenまたはFouennというつづりは間違っていると考えられるが、ブルトン語での実際の発音を考慮すれば利点がある。
古文書において、1022年と1058年にはFuinant、1084年にはPlebs Fuenant、1294年にFoynant、そしてFoenant(1324年と1330年代、1368年)、1382年にはFouesnantと記されていた。
地理
歴史
コミューン内には2箇所のメンヒルがある。1つは内陸に、もう1つはベグ・メイユ岬にある。これらは青銅器時代の終わりから鉄器時代の初頭にかけて、現在のフエナン周囲に人が定住していたことを示している。
Le Dictionnaire des Châteaux forts de Ch. Salchによれば、フエナンには封建時代のモットがあったと示されている。これは11世紀から12世紀に、バイユーのタペストリーに描かれているような塔であったことを意味する。現在でも人工のモットを見ることができるが、塔は破壊されてしまっている。
百年戦争時代、ブルターニュ公ジャン4世の治世最初の頃、フエナンの領主権はイングランド人ロバート・ノリスが所有していた。ベルトラン・デュ・ゲクランはフエナンを占領する勝利のあと、1373年にいとこジャン3世・デュ・ジュシュに町を与えた。この寄贈をシャルル5世も追認した。1382年、ジャン3世はフエナン領主としての権利と称号をジャン4世公へ献上した。
フランス革命中の1792年、フエナンの農民反乱が発生した。
1873年、フエナンの一部が割譲され、ラ・フォレ=フエナンというコミューンになった。

