フランクリン・バングルプ
オランダのプロ野球選手
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フランクリン・バン・グルプ(Franklin Van Gurp, 1995年10月26日 - )は、オランダ領アンティルのセント・マーチン島フィリップスブルフ出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。
| チャールストン・ダーティーバーズ | |
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くふうハヤテ時代 2024年8月4日 静岡県営愛鷹球場にて撮影 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 | 1995年10月26日(30歳) |
| 身長 体重 |
185 cm 102 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2017年 MLBドラフト25巡目 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2023年 |
| プレミア12 | 2019年 |
この表について
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経歴
プロ入り前
シント・マールテンのポニーリーグ、リトルリーグで野球を始める。当初は捕手であり、打率.583をマークする好打者であった[1]。9歳になると母親の母国であるドミニカ共和国に移住した[2][注釈 1]。
高校卒業後はアメリカ合衆国に渡り、チポラ大学に入学。2014年は捕手として練習を行いつつ投球練習も行っていた。翌年、投手転向を果たすと24回1/3イニングを投げ、防御率5.92、32奪三振。野手としても19試合に出場し、打率.267、出塁率.389という記録を残した[4]。しかし、腕を負傷しトミー・ジョン手術を受けたことにより、2016年は1年間試合から遠のくこととなった。
2017年にチポラ大学からフロリダ国際大学に転校。大学リーグでは19試合に登板し0勝1敗2セーブ防御率2.91、32奪三振という記録を残した[5]。
ジャイアンツ傘下時代
2017年6月のMLBドラフト25巡目でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名を受け、契約。AA級~A級のチームで3シーズンプレーした[6]。
パドレス傘下時代
2019年6月10日にはアレックス・ディカーソンとのトレードでサンディエゴ・パドレスに移籍。在籍中はA+級、A級のチームでプレーした[6]。オフに開催された第2回WBSCプレミア12のオランダ代表に選出された。同大会では1試合に登板した[7]。
2021年3月26日、フリーエージェントとなる[6]。
マリナーズ傘下時代
2021年6月30日にシアトル・マリナーズに入団し、A+、ルーキー級のチームでプレーした。 オフの11月7日にフリーエージェントとなる[6]。
オランダリーグ時代
2022年は母国オランダ国内のリーグであるホーフトクラッセのアムステルダム・パイレーツに入団。9試合で3勝0敗、防御率1.42、17奪三振という記録を残した。また、欧州チャンピオンズカップにおいても3試合に登板した。さらに、7月に開催されたハーレムベースボールウィークにもオランダ代表として出場した[7]。
独立リーグ時代
2022年8月5日に独立リーグであるアトランティックリーグのガストニア・ハニーハンターズに入団。16日に僅か11日という早さで解雇されると、26日には同リーグのヨーク・レボリューションに入団した[6]。アトランティックリーグでは13試合に登板し、防御率1.17を記録した[5]。
オフにはドミニカ共和国のウィンターリーグであるリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナ(LIDOM)のエストレージャス・オリエンタレスでプレー。2023年2月、第65回カリビアンシリーズにキュラソー代表ワイルドキャッツKJ74の一員として出場した[7]。
2023年3月に開催された第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のオランダ代表に選出された。同大会では3試合で2回2/3イニングを無失点に抑えた[8]。その後、アトランティックリーグのロングアイランド・ダックスに入団。25試合で1勝、防御率1.85、36奪三振という成績を残した[5]。9月に開催されたヨーロッパ野球選手権大会では3試合で3回2/3イニングを投げ、7奪三振を記録した[9]。
10月23日に開催された中東と南アジアを拠点とするリーグであるベースボール・ユナイテッドのドラフトにおいてカラチ・モナークスからウェーバー順9巡目に指名を受け、ロースター入りした[10]。
オフはLIDOMのトロス・デル・エステ、ベネズエラのウィンターリーグであるリーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルのカルデナレス・デ・ララでプレーした。2024年2月の第66回カリビアンシリーズではキュラソー代表のキュラソー・サンズでプレーした[5]。
2024年3月6日と7日に開催されたカーネクスト侍ジャパンシリーズ2024では欧州代表に選出された。第1戦に5番手で登板し[11]、1回2/3を無失点に抑えている[12]。
くふうハヤテ時代
2024年7月2日に同年からウエスタン・リーグに参加することになったくふうハヤテベンチャーズ静岡への入団が発表された。背番号は26[12][13]。同月9日の阪神タイガース戦で来日初登板初先発し、2イニングで4四球を与え、直球の最速140km/hなどと調整が十分でない部分がありながらも、安打は1つも許さない投球内容だった[14]。
シーズンでは主に先発として10試合に登板し、0勝6敗、33奪三振、防御率5.87という成績を残した[15]。10月2日に球団から退団が発表された[16]。
独立リーグ時代(第二次)
2025年はアトランティックリーグへ戻り、チャールストン・ダーティーバーズに所属してプレー。18試合に登板して、1勝0敗、防御率3.93の成績だった[17]。
選手としての特徴
詳細情報
WBSCプレミア12での投手成績
WBCでの投手成績
背番号
- 26 (2024年)