フリードリヒ・エンゲル (数学者)
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研究分野
数学
研究機関
フリードリヒ・エンゲル | |
|---|---|
| Friedrich Engel | |
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| 生誕 |
1861年12月26日 ドイツ連邦ザクセン王国ルーガウ |
| 死没 |
1941年9月29日(79歳没) ナチス・ドイツヘッセン州ギーセン |
| 研究分野 | 数学 |
| 研究機関 | |
| 出身校 | |
| 博士課程指導教員 | クリスティアン・グスタフ・アドルフ・マイヤー |
| 博士課程指導学生 | アブラハム・プレスナー |
| 主な業績 | |
| プロジェクト:人物伝 | |
フリードリヒ・エンゲル[注 1](独: Friedrich Engel、1861年12月26日 - 1941年9月29日 )は、ドイツの数学者である。
ザクセン王国ルーガウで、ルーテル教会の牧師の息子に生まれた。ライプツィヒ大学とベルリン大学に通い、1883年にライプツィヒで博士号を取得した。
ライプツィヒではフェリックス・クラインとアドルフ・マイヤーのもとで学んだ。ソフス・リーと協力して群論を研究した。ライプツィヒ大学 (1885-1904) 、グライフスヴァルト大学 (1904-1913) 、ギーセン大学 (1913-1931) で働いた。
エンゲルはリーの3巻の著作 Theorie der Transformationsgruppen(1888–1893、『変換群の理論』)の共著者、6巻の作品集 (1922-1937) [1][2]の編集者であった。7巻と最終巻はエンゲルの死から約20年後に出版された。ヘルマン・グラスマンの作品集の編集も務めた[3]。エンゲルはロバチェフスキーの作品をロシア語からドイツ語に翻訳した。パウル・シュテッケルとともに非ユークリッド幾何学の歴史について執筆した (Theorie der Parallellinien von Euklid bis auf Gauss, 1895) 。元生徒のカール・ファーバー (Karl Faber) とともにリー群の理論を用いた1階偏微分方程式論の書籍を執筆した[4]。1910年、ドイツ数学会の会長を務めた。