フレデリックスバーグ (装甲艦)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| フレデリックスバーグ | |
|---|---|
|
| |
| 基本情報 | |
| 運用者 |
|
| 艦歴 | |
| 起工 | 1862年 |
| 進水 | 1863年 |
| 就役 | 1864年3月 |
| 最期 | 1865年4月4日、鹵獲を免れるため自軍により破壊 |
| 要目 | |
| トン数 | 2,500トン |
| 長さ | 188 ft (57 m) |
| 幅 | 40 ft 3 in (12.27 m) |
| 吃水 | 9 ft 6 in (2.90 m) |
| 推進 | 蒸気機関 |
| 速力 | 5ノット (9.3 km/h) |
| 航続距離 | 4160海里 / 80ノット |
| 乗員 | 150人(士官・兵合計) |
| 兵装 |
11 in (280 mm)滑腔砲 x 1 8 in (200 mm)施条砲 x 1 6.4 in (160 mm)施条砲 x 2 |
CSS フレデリックスバーグ(CSS Fredericksburg)は、南北戦争中のアメリカ連合国海軍の装甲艦。フレデリックスバーグはバージニア州の都市の名前だが、1862年には南軍が勝利したフレデリックスバーグの戦いが行われた場所である。
フレデリックスバーグは、バージニア州リッチモンドで1862年から1863年にかけて建造された。リッチモンドで建造された装甲艦としては2隻目である。1863年10月には船体は完成し、兵器の搭載を待っていた。1864年3月、最終儀装のためにドルーリー断崖(Drewry's Bluff)に移動し、トーマス・ルーツ(Thomas R. Rootes)中佐が艦長となった。
フレデリックズバーグは、ジョン・ミッチェル(John K. Mitchell)代将を司令官とする南軍ジェームズ川艦隊所属の1隻として、1864年中頃から終戦までジェームズ川で任務に就いた。1864年6月21日、CSS バージニア2世(CSS Virginia II)および他の9隻とともに、トレント・リーチ(Trent's Reach)で北軍艦隊と戦ったが、交戦距離が離れていたため、双方共に損害は軽微であった[1]。同じような小競り合いが、8月、10月、翌年1月にも発生している。1864年4月3日に南軍がリッチモンドから撤退すると、フレデリックスバーグは南軍の手により破壊され、翌日には他の残存艦艇も破壊された。フレデリックスバーグは姉妹艦の約50ヤード上流に沈んでいる。残骸は水深6-15フィートの川底の泥の中に、流れと並行して横たわっている。
歴代艦長
歴代艦長は以下の通りである:[2]
- トーマス・ルーツ中佐(1864年3月- 1864年12月)
- フランシス・シェパード(Francis E. Shepperd)大尉(?- 1864年12月28日、1865年1月14日 - 1月25日)
- アルフェウス・バーボット(Alphonse Barbot)。先任士官として艦長代理(1865年2月)