ブライアン・バートン
From Wikipedia, the free encyclopedia
| シュガーランド・スキーターズ #11 | |
|---|---|
|
カージナルス時代 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | カリフォルニア州ロサンゼルス |
| 生年月日 | 1982年4月25日(43歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 190 lb =約86.2 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2004年 アマチュア・フリーエージェントとしてクリーブランド・インディアンスと契約 |
| 初出場 | 2008年4月1日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
ブライアン・デオン・バートン(Brian Deon Barton , 1982年4月25日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州ロサンゼルス出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。現在は、アトランティックリーグのシュガーランド・スキーターズに所属している。
プロ入り前
高校時代
地元のウェストチェスター高等学校に通う。
2000年には、カンファレンスで優勝し、MVPにもなった。同年のMLBドラフトでロサンゼルス・ドジャースから38巡目(全体1137位)で指名される[1]も、契約せずロヨラ・メリーマウント大学へ進学した。
大学時代
大学1年目の2001年は、不振に喘いだ。同年にマイアミ大学へ編入した。
2002年は、プレーする事は無かった。
2003年に復帰した。この年は、打率.330・7本塁打・54打点を記録した。この年のメンズ・カレッジ・ワールドシリーズにも出場した。
2004年は、57試合に出場しトップタイの打率.371を記録した。
プロ入りとインディアンス時代
ドラフト指名される事はなく、2004年8月13日にクリーブランド・インディアンスと契約を結んだ。
2005年にプロデビューした。この年は、傘下のA級レイクカウンティ・キャプテンズで開幕を迎えた。ここでは、35試合に出場し、打率.414・4本塁打・32打点を記録した[1]。その後、A+級キンストン・インディアンスへ昇格した。ここでは、63試合に出場し、打率.274・3本塁打・32打点を記録した[1]。
2006年は、A+級キンストンで開幕を迎えた。ここでは、82試合に出場し、打率.308・13本塁打・57打点を記録した[1]。その後、AA級アクロン・エアロズへ昇格した。ここでは、42試合に出場し、打率.351・6本塁打・26打点を記録した[1]。
2007年は、AA級アクロンで開幕を迎えた。ここでは、106試合に出場で打率.314・9本塁打・59打点を記録し[1]、イースタンリーグのオールスターゲームに選出された。その後、AAA級バッファロー・バイソンズに昇格した。ここでは、25試合の出場で、打率.264・1本塁打・7打点を記録した[1]。9月には膝の手術を受けた。オフに40人枠に登録されなかったためにルール・ファイブ・ドラフトで獲得検証する球団が現れた。
カージナルス時代
2007年のルール・ファイブ・ドラフトでセントルイス・カージナルスに指名されて移籍した。
2008年は、メジャーの開幕ロースターに登録されてメジャーで開幕を迎えた。4月1日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビューを果たした。5月27日のヒューストン・アストロズ戦で、ショーン・チャコーンからメジャー初本塁打を記録した。この年は、傘下のAAA級メンフィス・レッドバーズでは、19試合に出場し、打率.260・3本塁打・11打点を記録した[1]。メジャーでは、82試合に出場し、打率.286を記録した。
2009年は、開幕をAAA級メンフィスで迎えた。ここでは、10試合に出場し、打率.107・0本塁打・1打点を記録した[1]。
ブレーブス時代
2009年4月20日にブレイン・ボイヤーとのトレードでアトランタ・ブレーブスへ移籍した[2]。傘下のAAA級グウィネット・ブレーブスへ配属された。ここでは、114試合に出場し、打率.266・7本塁打・46打点を記録した[1]。メジャーでは、1試合の出場だった。
ニューアーク・ベアーズ時代
2009年12月18日にドジャースとマイナー契約を結んだ。スプリングトレーニングには、招待選手として出場した。
2010年3月31日にスプリングトレーニングで成績不振だったため、解雇された。その後、アトランティックリーグのニューアーク・ベアーズと契約を結んだ。ここでは、77試合に出場し、打率.375・16本塁打・65打点を記録した[1]。その後、退団した。
ブリッジポート・ブルーフィッシュ時代
2010年シーズン途中に同リーグのブリッジポート・ブルーフィッシュへ移籍した。ここでは、25試合に出場し、打率.264・3本塁打・7打点を記録した[1]。
レッズ傘下時代
2011年は、シンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ。傘下AAAのルイビル・バッツで19試合に出場し、打率.178・1本塁打・7打点を記録した[1]。その後、退団した。
サザンメリーランド・ブルークラブス時代
2011年シーズン途中にアトランティックリーグのサザンメリーランド・ブルークラブスと契約を結んだ。ここでは、87試合に出場し、打率.304・12本塁打・42打点を記録した[1]。
メキシカンリーグ時代
2012年は、リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルのカンペチェ・パイレーツと契約を結んだ。ここでは、23試合に出場し、打率.247、1本塁打、17打点を記録した[1]。その後、退団した。
サザンメリーランド・ブルークラブス復帰
2012年シーズン途中に前年在籍していたアトランティックリーグのサザンメリーランド・ブルークラブスと契約を結んだ。ここでは、130試合に出場し、打率.304、8本塁打、60打点を記録した[1]。
2013年は、97試合に出場し、打率.262、4本塁打、打点37を記録した[1]。
2014年は、30試合に出場し、打率.131、2本塁打、7打点を記録した[1]。
シュガーランド・スキーターズ時代
2014年6月2日に同リーグのシュガーランド・スキーターズへ移籍した[3]。移籍後は、68試合に出場し、打率294、本塁打2、打点37を記録した[1]。