ブラザヴィル弾薬庫爆発事故
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座標: 南緯4度16分 東経15度17分 / 南緯4.267度 東経15.283度
ブラザヴィル市のコンゴ共和国内での位置 | |
| 日付 | 2012年3月4日 |
|---|---|
| 時刻 | 午前8時00分ごろ (西アフリカ時間) |
| 場所 | |
| 座標 | 南緯4度16分 東経15度17分 / 南緯4.267度 東経15.283度 |
| 死傷者 | |
ブラザヴィル弾薬庫爆発事故(ブラザヴィルだんやくこばくはつじこ、英: Brazzaville arms dump blasts)は、2012年3月4日にコンゴ共和国の首都、ブラザヴィルの軍需施設で発生した一連の爆発事故の総称である。この事故による死者はおよそ250人、負傷者は2300人以上にのぼり、1万3800人以上が家を失った[1]。
事故の様子
ブラザヴィル
爆発は現地時間で午前8時(協定世界時午前7時)ごろから、ブラザヴィル北部の人口密集地であるウエンゼ(Ouenzé)地区で発生しはじめた[5]。武器庫はウエンゼ地区、タランガイ(Talangaï)地区に挟まれた地区であるムピラ(Mpila)地区に位置していた。少なくとも5回の大規模な爆発と無数回の小規模な爆発が発生し[6]、特筆に値する爆発は現地時間で午後1時頃まで続いた[5]。当時の防衛相であるシャルル・ザカリー・ボワオは国営のラジオ放送上で「この爆発は戦闘行為、あるいはクーデターによるものではなく、弾薬庫の火災によるものである」ことを市民に強く訴え、平静を保つように呼びかけた[2]。
爆心地である、軍需施設の周囲半径500メートルに建っていた建造物は事故の影響で破壊され、多くの人が壊れた建造物の中に閉じ込められた[5][7]。爆発事故によって破壊された建造物の中には聖ルイスカトリック教会、福音教会が含まれており、事故発生当時には双方の教会で日曜の礼拝が行われていた[5]。同国の大統領であるドニ・サスヌゲソは武器庫の近郊に邸宅を構えていたが、事故発生当時には家を空けており、無事だった[8]。
中国の国営通信社である新華社通信によると、同国の建設会社、北京建工集団の中国人作業員6人が爆発に巻き込まれ死亡した[9][10]。内務相の レイモン・ムブルは市内の病院が負傷者で溢れかえり、病棟不足から多くの負傷者が廊下に寝かされている現状について報告している[3][11]。またムブル内務相は、軍の兵舎周辺の街路の惨状を「水のない津波に襲われたようだ」とも表現した[12]。
キンシャサ
爆発の影響はブラザヴィルからごく近い、コンゴ川を挟んだ対岸に位置するコンゴ民主共和国の首都、キンシャサにも及んだ。多くの市民がこの爆発を武力衝突によるものと考えたため、キンシャサ・ブラザヴィルの両都市では大混乱が生じた[2] 。民主共和国政府はこの爆発が戦闘行為によるものでないことが明確になるまで、コンゴ川岸に軍隊を駐留させた。
キンシャサ市内でも爆風によって、建築物の屋根や窓などに被害が生じたほか市中心部、ラ・ゴンベ地区の6月30日通り沿いでも窓ガラスが割れるなどの被害があった[13]。同市内でも大きな爆発音が5回聞こえたほか、爆発により立ち上る煙が確認された[14][9]。