ブラックロック (競走馬)
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| ブラックロック | |
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J・F・ヘリング画、1825年 | |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1814年 |
| 死没 | 1831年2月24日 |
| 父 | Whitelock |
| 母 | Coriander mare |
| 生国 |
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| 生産者 | トーマス・カービー |
| 馬主 | リチャード・ワット |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 23戦17勝 |
| 繁殖成績 | |
| タイトル | 英愛首位種牡馬 (1829) |
ブラックロック (Blacklock) は、19世紀前半のイギリスの競走馬・種牡馬である。1829年に産駒が62勝を挙げ、イギリス首位種牡馬となった。非常な気性難で知られ、「accursed blood(呪われた血統)」と呼ばれた。
現役時代、現在も名前が残るレースには勝っていないものの、強豪として知られた。競走成績は英語版(#Race record)に詳細がある。セントレジャーステークスこそ騎乗ミスによりイボアの2着に敗れたが、4歳時のグレートサブスクリプションパース(4歳、4マイル)ではアガサ (Agatha) やセントヘレナ (St. Helena) に100ヤード以上の差をつけ7分23秒のタイムで勝ったという。
1820年からビショップ・バートンで種牡馬として供用された。彼の産駒は優秀で、70頭以上の勝ち馬を送り出し、442勝で5万ポンド以上の賞金を獲得した。おもな産駒にドンカスターカップに勝ったヴォルテール、ほかブルタンドルフ (Brutandorf) 、ヴィロシピード、ローレル (Laurel) などがいる。1831年にローラ (Laura) という牝馬と交配したあと、血管を破裂させ死亡。17歳。遺体は、ビショップバートンスタッドに埋葬された。