8歳のときにニュージーランドからオーストラリアへ移住。1994年、クイーンズランド州のラグビーリーグのクラブ、ブリスベン・ブロンコス(英語版)のジュニアチームに入り、さらにリーグのオーストラリア代表ジュニアチーム、ジュニアカンガルーズに選ばれる。
同年、ブロンコストップチームに昇格、ウィンフィールドカップ(1994 Winfield Cup、現在のNRL)の第12週、カンタベリー・バンクスタウン・ブルドッグス戦でデビュー。Club's rookie of the year awardを受賞。
1996年、ステート・オブ・オリジン(ラグビーリーグニューサウスウェールズ州選抜とクイーンズランド州選抜による3試合シリーズマッチ)に初選出、3試合すべてに出場する。翌1997年、オーストラリアスーパーリーグ(NRLに名前が変更する前の名称)とスーパーリーグ・トライシリーズ(ニューサウスウェールズ、クイーンズランド、ニュージーランド選抜対抗戦)に出場。ブロンコスはオーストラリアスーパーリーグ1997シーズン優勝、同年、ワールドクラブチャンピオンシップ(欧州とオーストラリアのクラブが出場する大会)でも優勝。
その後、1998年と2000年のNRLシーズン優勝、1998~2000年、ステイト・オブ・オリジンに出場、さらに1997,98年とラグビーリーグオーストラリア代表に選出、2000年、 Australian Sports Medal受賞という輝かしい実績を残し、ユニオンに転向、ニュージーランドへ戻る。
2001年、スーパー12(現スーパーラグビー)のクルセイダーズと、ニュージーランド州代表選手権(現ITM CUP)のカンタベリーに入る。同年、オールブラックスから招集の声がかかるも辞退。2003年、晴れて代表デビュー、同年オーストラリアで開催された第5回ラグビーワールドカップに出場。ソーンはこの大会で、ニュージーランド人のビル・ハードキャッスル(Bill_Hardcastle 1874-1944)以来の、リーグとユニオンの異なる国でのナショナルチームで出場した世界で2人目の選手となる。同年、トライネイションズに出場。
2004年、州代表選手権でカンタベリー優勝に貢献し、ふたたびリーグでプレーするためにオーストラリアへ戻る。
2005年、ブリスベンに戻ったソーンは、古巣ブロンコスで3年間プレーすることになる。2005年のステート・オブ・オリジンにクイーンズランド州選抜として3試合出場、翌2006年、ブロンコスはNRLの2006シーズンで優勝。
2007年のNRLシーズン終了後、ソーンはふたたびユニオンでプレーするためにニュージーランドへ戻る。
2007年、タスマンに入り、2008年、クルセイダーズに復帰する。この年クルセイダーズは決勝でワラターズを下し優勝、ソーンはスーパーラグビーとNRLのタイトルを獲得した2人目の選手となる。
※ピーター・ライアンがブロンコスで1998年、ブランビーズで2001年にタイトル獲得
2008年、オールブラックスに選出され、アイルランド戦に出場、同年、2010年のトライネイションズにも出場。
2011年、ワールドカップ終了後、ジャパンラグビートップリーグの福岡サニックスブルースに加入することが発表された。
2013年、ハイランダーズに加入した。[1]