ブルックス・ブラウン
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | ジョージア州ブロック郡ステーツボロ |
| 生年月日 | 1985年6月20日(40歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 205 lb =約93 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 ドラフト1巡目(全体34位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名 |
| 初出場 | 2014年7月6日 ロサンゼルス・ドジャース戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ブルックス・スティーブン・ブラウン(Brooks Steven Brown, 1985年6月20日 - )は、アメリカ合衆国・ジョージア州ブロック郡ステーツボロ出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。
プロ入り前
2003年、MLBドラフト21巡目(全体637位)でアトランタ・ブレーブスから指名されたが、ジョージア大学へ進学した。
ダイヤモンドバックス傘下時代
2006年、MLBドラフト1巡目(全体34位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名され[1]、6月29日に契約。A-級ヤキマ・ベアーズで13試合に登板し、0勝2敗、防御率3.42だった。
2007年はA+級ビサリア・オークスで14試合に登板し、6勝3敗、防御率2.81だった。6月にAA級モービル・ベイベアーズへ昇格。12試合に登板し、4勝4敗、防御率3.66だった。
2008年はAA級モービルで26試合に登板し、6勝15敗、防御率4.18だった。
タイガース傘下時代
2009年4月2日にジェームズ・スケルトンとのトレードで、デトロイト・タイガースへ移籍した[2]。移籍後はAA級エリー・シーウルブズで6試合に登板。5勝0敗、防御率2.21と好投し、5月にAAA級トレド・マッドヘンズへ昇格。AAA級では20試合に登板し、3勝13敗、防御率4.71だった。
2010年はAA級エリーで28試合に登板し、12勝9敗2セーブ、防御率4.15だった。
2011年はAA級エリーで17試合に登板し、3勝9敗、防御率5.67だった。
2012年はAAA級トレドで29試合に登板し、4勝4敗、防御率4.90だった。オフの11月12日にFAとなった。
パイレーツ傘下時代
2012年11月12日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだ。
2013年はAAA級インディアナポリス・インディアンスで37試合に登板し、6勝5敗、防御率4.75だった。オフの11月5日にFAとなった。
ロッキーズ時代
2013年11月15日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結んだ。
2014年はAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスで開幕を迎え、31試合に登板。1勝0敗6セーブ、防御率4.35だった。7月6日にニック・マセットが故障で離脱したため、ロッキーズとメジャー契約を結んだ[3]。同日のロサンゼルス・ドジャース戦でメジャーデビュー。5点ビハインドの5回表1死から2番手として登板。1.2回を1安打無失点2三振に抑えた[4]。2度目の登板となった7月8日のサンディエゴ・パドレス戦では、1点リードの6回表2死から登板。ブルックス・コンラッドを三振に抑え、初ホールドを記録した[5]。
2015年は、開幕時から25人枠に入ったが、右肩痛で5月4日から5月23日まで15日間の故障者リスト入りし、6月17日から15日間の故障者リスト入りした。7月23日にリハビリ登板のためAAA級アルバカーキ・アイソトープスに登録されたが登録期間内に復帰できず8月23日にそのままAAA級アルバカーキに降格した。9月2日に再昇格しレギュラーシーズンを終えた。
ドジャース時代
2015年10月14日にウェイバー公示を経てロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[6]。12月4日に40人枠から外れる形でAAA級オクラホマシティ・ドジャースに降格した[7]。