ブルヒャルト (テューリンゲン公)
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892年にバーベンベルク家のポッポ2世がテューリンゲン公位を退いた後に公位についた。ポッポ2世が公位を退いた理由は不明である。ブルヒャルトはシュヴァーベンの出身とも考えられている[1]。
908年にブルヒャルトは大軍を率いてマジャル人と戦った。8月3日にアイゼナハの戦いにおいて敗北し、ヴュルツブルク司教ルドルフ1世および東フランケン伯エギノとともに戦死した[2][3]。
ブルヒャルト以降はテューリンゲン公の記録はないが、独立を保ち最終的に中世盛期に方伯領を形成した[4]。
ブルヒャルトには、ブルヒャルトとバルドという2人の息子がいたが、913年にドイツ王ハインリヒ1世によりテューリンゲンから追放された。