ブルーノ・ダ・シウヴァ・ロペス

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ブルーノ・ダ・シウヴァ・ロペス(Bruno Da Silva Lopes、1986年8月19日 - )は、ブラジルパラナ州クリチバ出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード(センターフォワード)。

本名 ブルーノ・ダ・シウヴァ・ロペス
Bruno Da Silva Lopes
ラテン文字 BRUNO LOPES
生年月日 (1986-08-19) 1986年8月19日(39歳)
概要 ブルーノ・ロペス, 名前 ...
ブルーノ・ロペス
名前
本名 ブルーノ・ダ・シウヴァ・ロペス
Bruno Da Silva Lopes
ラテン文字 BRUNO LOPES
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1986-08-19) 1986年8月19日(39歳)
出身地 クリチバ
身長 181cm
体重 83kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 右足[1]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2006 ブラジルの旗 フィゲイレンセ
2007 ブラジルの旗 アメリカ・ミネイロ
2008 ブラジルの旗 ジョインヴィレ (loan)
2009 ブラジルの旗 ミネイロス (loan) 2 (0)
2009 ブラジルの旗 ウベラバ (loan)
2010 ブラジルの旗 アナポリス 4 (3)
2010 ブラジルの旗 ヴィラ・ノヴァ (loan) 28 (10)
2011 日本の旗 アルビレックス新潟 (loan) 32 (13)
2012-2014 ブラジルの旗 デスポルチーヴォ
2012-2013 日本の旗 アルビレックス新潟 (loan) 41 (7)
2013-2014 ポルトガルの旗 エストリル (loan) 31 (3)
2015 タイ王国の旗 ラーチャブリー 13 (1)
2016 サウジアラビアの旗 ハジェルFC 8 (1)
2016-2017 ブラジルの旗 フェロヴィアリア 4 (0)
2017 インドネシアの旗 プルシジャ・ジャカルタ 29 (10)
2018 マレーシアの旗 ケランタン 7 (1)
2018 日本の旗 モンテディオ山形 10 (2)
2019 ブラジルの旗 カスカヴェウ 0 (0)
2019 ブラジルの旗 ヴィトーリア 4 (0)
2020 ブラジルの旗 アラウカリア
2020 インドネシアの旗 マドゥーラ・ユナイテッド
2020-2021 ブラジルの旗 パラナ 10 (1)
2021 インドネシアの旗 マドゥーラ・ユナイテッド
2021 ブラジルの旗 リオ・ブランコ
2021 ブラジルの旗 サン・ジョセンセ
2022 ブラジルの旗 アンドラウス
通算 223 (62)
1. 国内リーグ戦に限る。
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経歴

10歳で本格的にサッカーを始め、18歳でプロ契約を結んだ[1]。ブラジル時代は主に3トップの左を務め、2009年に所属したウベラバポルトガル語版ではタッサ・ミナスジェライス優勝を経験している[2]。2010年には、前期に所属したGEアナポリスカンピオナート・ゴイアーノ)で6得点、後期に所属したヴィラ・ノヴァカンピオナート・ブラジレイロ・セリエB)で10得点を挙げる活躍を見せた[3]

2011年シーズンより、アナーポリスからJリーグ1部アルビレックス新潟レンタル移籍。背番号は11番。移籍前、ポルトガルポルティモネンセSCなどからもオファーを受けたが、かつて新潟に在籍したペドロ・ジュニオールの助言が決め手となり、新潟への移籍を決断したという[4]。本人は移籍に際して、「泥臭くゴールを狙うスタイル」[4]、「ボールを持った際は必ず体がゴールの方向へ向かっている」[1] と自らのプレースタイルを語った。多くの場合、プレーの特徴としてまず言及されるのはスピードであるが、開幕前のプレシーズンマッチでは体格を生かしたキープ力や高さも見せ、前線のターゲットマンとしても一定の評価を得た[1]

2011年3月5日、アビスパ福岡とのシーズン開幕戦でJリーグ初出場。先発出場したブルーノ・ロペスは、69分に左サイドから曺永哲が上げたクロスをダイビングヘッドで合わせ、Jリーグ初得点を記録した[5]。その後もチームのエースストライカーとして活躍し、チームトップのリーグ戦13得点を記録した。

2012年シーズンデスポルチーヴォ・ブラジルからの期限付き移籍という形で新潟に留まった[6]。公式戦ではJ1第2節大宮アルディージャ戦でシーズン初ゴールを決めたが、その後はなかなかゴールを奪えないまま、最終的に7得点を記録するに留まった。

2013年シーズンも引き続き新潟でプレーしたが、第7節横浜F・マリノス戦での負傷がきっかけとなり、川又堅碁にポジションを奪われ、負傷明け後はベンチを温める機会が増えた。シーズン途中の6月20日に新潟との契約を解除[7][8]ポルトガルリーグエストリルへ移籍し、主にサブ、カップ戦要員として起用された。2014年1月4日に行われたポルトガルカップ5回戦で4得点を挙げた。 移籍2年目の2014年11月にエストリルから契約を解除され、新たにタイ・プレミアリーグラーチャブリーと契約した[9]

2016年より、サウジアラビアのハジェール・クラブに加入。

2018年7月、Jリーグモンテディオ山形に加入が決定。シーズン終了後、契約満了により山形を退団。

エピソード

2012年、J1残留争いの渦中にいた新潟は、勝利しなければ降格が決まるという状況で第33節のベガルタ仙台戦を迎えた。新潟の1点リードで迎えた後半40分、ロペスはカウンターからドリブルで相手ペナルティーエリア内に侵入し、仙台DF角田誠に倒された。ロペスはファールをアピールしたが、主審の村上伸次はノーファールの判定。この判定にロペスは激しい抗議をみせたが、ロペス以上に激しい抗議をみせた新潟の柳下正明監督が退席処分を受けた。ロペスはこの時点で累積警告が7枚たまっており、警告を受けた場合に、既に最終節出場停止が決まっていたFWミシェウと共に出場停止となる状況にあった。柳下のこの抗議には、審判団の注意を自らに引き寄せることによって、ロペスを落ち着かせる時間を作り、最終節での大幅な戦力ダウンを避けるという意図があったとされる。この試合を勝利して残留への望みをつないだ新潟は、最終節のコンサドーレ札幌戦も、ロペスの2ゴールの活躍もあり勝利。逆転残留を決めた。[10]

個人成績

2013年6月20日現在[2]
さらに見る 国内大会個人成績, 年度 ...
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2009ミネイロスゴイアス州20--20
2010アナーポリス43--43
ヴィラ・ノヴァセリエB2810--2810
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011新潟11J1321332213716
20123274012379
20139020-110
ポルトガル リーグ戦 リーグ杯ポルトガル杯 期間通算
2013-14エストリル99プリメイラ・リーガ2231024257
2014-15990000090
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2018山形50J2102-10112
通算ブラジル 34133413
日本J1 732092338525
日本J2 102-10112
ポルトガル 3131024347
総通算
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さらに見る 国際大会個人成績, 年度 ...
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点出場得点
UEFAUEFA ELUEFA CL
2013-14エストリル9950-
通算UEFA 50-
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その他の国際公式戦

  • 2013年
    • UEFAヨーロッパリーグ 2013-14 予選 1試合0得点

脚注

関連項目

外部リンク

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