プロトスフィラエナ

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プロトスフィラエナ (Protosphyraena) は白亜紀後期(コニアシアン-マストリヒシアン)に生息した条鰭類である。ヨーロッパ・アジアからも化石は見つかるが、カンザスニオブララ層に含まれるスモーキーヒル白亜層(コニアシアン後期-カンパニアン前期)のものが最もよく知られる。大型の魚類で、全長2-3 mに達する。

Protosphyraena はギリシャ語の protos("原始的な")、Sphyraenaカマス属)に由来する。これは初期に本属がカマスの祖先と間違えられたためであるが、現在ではカマスカジキとは近縁でなく、絶滅したパキコルムス類に属すると考えられている。

P. perniciosaの生体復元図
Protosphyraena nitida タイプ標本の吻 (from Hay, 1903)
Protosphyraena nitida タイプ標本歯列・下顎の一部・胸鰭 (from Hay, 1903)

19世紀に発見された他の化石と同じように、分類にはかなりの混乱があった。胸鰭の鰭条は1822年、ギデオン・マンテルによってイギリスで発見されていたが、この化石を記載したのは米国のジョゼフ・ライディで、1857年のことであった。この時の命名が Protosphyraena ferox であり、本属のタイプ種となる。ライディはこれ以前にも、ニュージャージーナベシンク層(マストリヒシアン)から本種の歯を発見していたのだが、これは恐竜のものと誤同定されていた。

1870年代、化石収集家のベンジャミン・フランクリン・マッジ英語版は、カンザスルークス郡エリス郡に広がるニオブララ層の露頭から多くの化石を発見し、古生物学者のエドワード・ドリンカー・コープオスニエル・チャールズ・マーシュの元へ送った。1873-1877年、コープはマッジの標本に基づき、Erisichte nitida"Portheus" gladius"Pelecopterus" pernicciosus の3種を命名した。現在ではこれらは全て本属とされている。1895-1903年、 アーサー・スミス・ウッドワード (1895), F. B. Loomis (1900), Oliver Perry Hay (1903) などの英米の古生物学者によって研究が進められた。

現在では、ニオブララ層のプロトスフィラエナ属は2種 (P. nitida ,P. perniciosa) に分けられている。また、P. bentonianum は Greenhorn Limestone(セノマニアン後期)より産出し、1898年にAlbin Stewart によって命名された。北米最古の化石は、カンザス、ダコタ砂岩の上部(セノマニアン中期)より得られたものである(Everhart, 2005; p. 91)。

形態

全体的には現代のバショウカジキに似るが、全長・吻が短く、体型も洗練されていなかった。また、成体には大型の歯があった。全身骨格は珍しいが、歯・吻・胸鰭などは、ニオブララ層・アラバマMooreville白亜層などから比較的よく見つかる。多くの場合、頭部と胴部は分離した状態で見つかるが、これは骨格の石灰化が弱かったため、化石化する前に切り離されたものと考えられる(Everhart, 2005; p. 93)。他の白亜紀魚類と共に中生代の終わりに絶滅したため、カジキとの類似は収斂進化によるものと考えられる。

参考文献

関連項目

外部リンク

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