ヘルシンキ・マルミ空港
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| ヘルシンキ・マルミ空港 Helsinki-Malmin lentoasemaHelsingfors-Malm flygplats | |||||||||||||
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| IATA: HEM - ICAO: EFHF | |||||||||||||
| 概要 | |||||||||||||
| 国・地域 |
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| 所在地 | ヘルシンキ市マルミ地区 | ||||||||||||
| 種類 | 商業 | ||||||||||||
| 運営者 | Finavia(旧民間航空局) | ||||||||||||
| 標高 | 17 m (57 ft) | ||||||||||||
| 座標 | 北緯60度15分14秒 東経025度02分39秒 / 北緯60.25389度 東経25.04417度座標: 北緯60度15分14秒 東経025度02分39秒 / 北緯60.25389度 東経25.04417度 | ||||||||||||
| 公式サイト | 公式サイト(英語) | ||||||||||||
| 滑走路 | |||||||||||||
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| リスト | |||||||||||||
| 空港の一覧 | |||||||||||||
ヘルシンキ・マルミ空港 (ヘルシンキ・マルミくうこう、フィンランド語: Helsinki-Malmin lentoasema, スウェーデン語: Helsingfors-Malm flygplats) は、フィンランド共和国の首都ヘルシンキ市のマルミ地区に所在する空港である。マルミ空港は町の中心部から約10 km北東に位置している。
1952年にヘルシンキ・ヴァンター国際空港が開港するまで、マルミ空港はヘルシンキのみならず全フィンランドにおける主要空港だった。今日、マルミ空港はゼネラル・アビエーションの拠点として賑わいを見せている。現在の空港面積は約127ヘクタール。ターミナルは1つで、2007年の利用客は1,174名である。[1]
長い間、ヘルシンキ市は同空港を閉港し、その区域を新規に住宅地として開発する計画を有していた。しかし、マルミ空港の閉港については反対意見も多く、その将来は不透明なままである。
歴史
ヘルシンキ・マルミ空港は、マルミ郡区のタッタリスオに位置する、ヘルシンキで最初の陸上空港である。1936年12月に運用が開始された。この地域は近年、ヘルシンキのマルミ地区となっている。マルミ空港の運用開始に伴い、アエロ・オイ(フィンエアーの前身)の航空機は遅滞なく水上機から陸上機に転換され、ゼネラル・アビエーションの飛行機と共に新空港へ移行した。1938年5月15日、公式な開港式典が開催された。
ヘルシンキ・マルミ空港は、当初から国際空港として設計された世界で最初の空港のひとつである。同空港の登場により、それまでの空港と比較してフィンランドの首都と空港間の移動がより速くなった。1930年代の終わりにはすでに国内航空路線がフィンランドのすべての大都市に達し、1940年代には極北に位置するペツァモ Petsamo (現ロシア領)に至るまで空路で移動することが可能となった。
冬戦争(1939年-1940年)が始まった初日には、早くもソ連軍が空港に空爆を加えた[2]。マルミ空港における民間航空の利用は中断し、同空港はフィンランド空軍によって接収されたため、民間人の航空交通は他の飛行場に移って行った。継続戦争(1941年-1944年)中は、民間及び軍の両者がマルミ空港を利用して航空機運用を行っていた。継続戦争が1944年9月に終わったとき、同空港は連合国管理委員会に接収された。マルミ空港がフィンランド人の監督下に戻ったのは、1946年の終わりのことであった。
戦争中、より大型で重量の重い航空機が開発されたため、戦後、航空機産業および事業航空ビジネスは非常に盛んになった。ところが、マルミ空港は新たな状況に直面した。もともと深い粘土層と湿った表土の上に造られた滑走路は、もし新型の大型旅客機の重量に耐えるようにするならば多額の投資が必要となることが明らかになったのである。経費見積もりを行ったところ、複数の滑走路の延長、その下の地盤工事およびその強化は費用がかさみすぎるということが示された。結果、当該計画は断念された。
国際基準に準拠した新たな飛行場は1952年、同年のヘルシンキ夏季オリンピックに間に合うようにという政府の方針の下、Seutula に開港した。この空港は今日、ヘルシンキ・ヴァンター空港として知られている。定期航空路線は次第にマルミ空港から新空港に移って行った。マルミ空港はその後、長年にわたって事業用航空事業の新しいカテゴリであるチャーター便拠点として供用されてきた。


