ヘンリー・ロドリゲス (投手)
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ナショナルズ時代(2011年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | スリア州 |
| 生年月日 | 1987年2月25日(38歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 225 lb =約102.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 アマチュア・フリーエージェントとしてオークランド・アスレチックスと契約 |
| 初出場 | 2009年9月21日 テキサス・レンジャーズ戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ヘンリー・アルバート・ロドリゲス(Henry Alberto Rodríguez, 1987年2月25日 - )は、ベネズエラのスリア州出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在はフリーエージェント。
アスレチックス時代
2006年に、傘下のルーキー級アリゾナリーグ・アスレチックスでキャリアをスタートさせる。
2007年は、A級ケーンカウンティ・クーガーズでプレーし、20試合(内、18先発)に登板しし、防御率3.07だった。
2008年は、A+級ストックトン・ポーツとAA級ミッドランド・ロックハウンズでプレーし、34試合(内、22先発)に登板し、防御率5.20だった。
2009年9月21日のテキサス・レンジャーズ戦の8回に登板し、メジャーデビューを果たした。
ナショナルズ時代
2010年12月16日、コーリー・ブラウンと共に、ジョシュ・ウィリンガムとのトレードでワシントン・ナショナルズへ移籍した[1]。
2011年は、59試合に登板し、防御率3.56、70奪三振など、キャリアで一番の成績を残した。
2012年は、開幕前にドリュー・ストーレンが故障者リストに登録されたため、クローザーとなった。4月28日から5月13日にかけて、6回のセーブ機会のうち3回に失敗してしまい、その翌日からクローザーの役割をセットアッパーのタイラー・クリッパードに譲り、本来のリリーフに戻った[2]。最終的にこの年は、35試合に登板した。
2013年は、17試合に登板したが不振のため、6月4日にDFAとなった[3]。
ナショナルズ退団後
2013年6月11日にイアン・ディクソンとのトレードでシカゴ・カブスへ移籍した。7月14日にコール・ギレスピーを昇格させるため、DFAとなった。
2014年1月16日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだ[4]。5月14日にDFAとなり[5]、6月12日に解雇された[6]。6月13日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ。傘下のAAA級シャーロット・ナイツでプレーしていた。7月に解雇された。
2015年1月22日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結ぶが、3月30日に解雇となる。オフにベネズエラのウィンターリーグでプレー。
その後所属球団なかったが、2018年オフのベネズエラウィンターリーグに参加。
選手としての特徴
最速103.2mph(約166.1km/h、2010年計測)の速球を誇る。