Wikiwand AI

ペドロ・バエズ

From Wikipedia, the free encyclopedia

ペドロ・アルベリーズ・バエズ・デラクルーズPedro Alberys Báez De La Cruz1988年3月11日 - )は、ドミニカ共和国ペラビア州バニ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。MLBロサンゼルス・ドジャース傘下所属。愛称はスペイン語ラバを意味するラ・ムーラLa Mula[1]

生年月日 (1988-03-11) 1988年3月11日(38歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
195 lb =約88.5 kg
概要 ロサンゼルス・ドジャース (マイナー), 基本情報 ...
ペドロ・バエズ
Pedro Báez
ロサンゼルス・ドジャース (マイナー)
ロサンゼルス・ドジャース時代
(2017年7月18日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 ペラビア州バニ
生年月日 (1988-03-11) 1988年3月11日(38歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 アマチュアFA
初出場 2014年5月5日
年俸 $5,500,000 (2022年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
閉じる

経歴

プロ入りとドジャース時代

2007年1月22日にアマチュア・フリーエージェントでロサンゼルス・ドジャース三塁手として契約。契約後、傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ドジャースでプロデビュー。53試合に出場して打率.274、3本塁打、39打点、3盗塁を記録した。

2008年はまずA級グレートレイクス・ルーンズでプレーし、59試合に出場して打率.178、1本塁打、16打点、3盗塁を記録した。6月にパイオニアリーグのルーキー級オグデン・ラプターズ英語版へ降格した。61試合に出場して打率.267、12本塁打、50打点、2盗塁を記録した。

2009年はA+級インランド・エンパイア・シックスティシクサーズ英語版でプレーし、79試合に出場して打率.286、10本塁打、61打点、5盗塁を記録した。同年のオールスター・フューチャーズゲームに選出された[2]

2010年はまずA+級インランド・エンパイアでプレーし、75試合に出場して打率.259、6本塁打、42打点、4盗塁を記録した。8月にAA級チャタヌーガ・ルックアウツへ昇格し、7試合に出場した。2年連続でオールスター・フューチャーズゲームに選出された[3]。夏期にはルーキー級アリゾナリーグ・ドジャースでプレーした。

2011年AA級チャタヌーガでプレーし、32試合に出場して打率.385、2本塁打、15打点、1盗塁を記録した。

2012年はAA級チャタヌーガでプレーし、78試合に出場して打率.216、4本塁打、36打点、5盗塁を記録した。7月にA+級ランチョクカモンガ・クエークス[4]へ降格した。50試合に出場して打率.228、7本塁打、23打点、2盗塁を記録した。同年のサザンリーグのオールスターゲームに選出された[5]。オフに三塁手から投手へ転向した[6]

2013年はA+級ランチョクカモンガで開幕を迎えた。32試合に登板して2勝2敗2セーブ、防御率3.63、32奪三振を記録した。7月にAA級チャタヌーガへ昇格した。16試合に登板して1勝1敗、防御率4.24、23奪三振を記録した。オフにはアリゾナ・フォールリーググレンデール・デザートドッグス英語版でプレーした。オフの11月20日に40人枠入りを果たした[7]

2014年3月5日にAA級チャタヌーガへ異動し、そのまま開幕を迎えた。AA級チャタヌーガでは11試合に登板し、1勝0敗5セーブ、防御率2.84と好投。5月5日にメジャーへ初昇格し[8]、同日のワシントン・ナショナルズ戦でメジャーデビュー。2点ビハインドの8回裏から登板し、1回を投げ2安打2失点と結果を残せず[9]、5月7日にAA級チャタヌーガへ降格した[10]。この年メジャーでは20試合に登板して防御率2.63、18奪三振を記録した。

2015年リリーフ陣の一角として52試合に登板し、4勝2敗、防御率3.35、WHIP1.14、奪三振率10.6という好成績を残した。ただ、課題としては走者を背負った場面でのピッチングが浮上し、4被本塁打は全てランナーありで被弾した[11]

2016年は出番が増えてチームでの存在感が高まり、それに伴って成績も向上した。11被本塁打と、被弾率は相変わらず高かったものの、73試合で3勝2敗、防御率3.04、WHIP1.00、奪三振率10.1という見事な成績だった。

2017年は66試合に登板して3勝2敗、防御率2.95、64奪三振を記録した。

2018年は55試合に登板して4勝3敗、防御率2.88、62奪三振を記録した。

2019年は71試合に登板して7勝2敗1セーブ、防御率3.10、69奪三振を記録した。

2020年は18試合に登板して2セーブ、防御率3.18、13奪三振を記録した。オフの10月28日にFAとなった[12]

アストロズ時代

2021年1月13日にヒューストン・アストロズと2年総額1000万ドルの契約を結んだ[13]。オプションとして2023年は球団側が選択権を所持し、バイアウトの際は200万ドルが支払われる。この年は新型コロナウイルス感染や右肩の故障に苦しみ、わずか4試合の登板に留まった。

2022年4月26日にDFAとなり、28日に自由契約となった[14]

ドジャース傘下時代

2022年5月20日に古巣のドジャースとマイナー契約を結んだ[15]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
2014 LAD 2000000005----13524.01635101800772.630.88
2015 52000042011.66720851.04741111601122193.351.14
2016 73000032023.60029574.052112202833227253.041.00
2017 66000036023.33328064.05692922641124212.951.33
2018 5500004307.57123756.14642321620119182.881.22
2019 71000072125.77827669.24362314690030243.100.95
2020 1800000026----7017.01027001300863.181.00
2021 HOU 400000000154.121100510112.080.69
2022 300000000162.1503002016311.573.43
MLB:9年 362000021153100.5831489362.227740124710376661441243.081.11
閉じる
  • 2022年度シーズン終了時

年度別守備成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...


投手(P)












2014 LAD 2011001.000
2015 521411.833
2016 730932.750
2017 6624001.000
2018 5502001.000
2019 712610.889
2020 180000----
2021 HOU 40000
2022 30000
MLB 36262653.865
閉じる
  • 2022年度シーズン終了時

記録

MiLB

背番号

  • 52(2014年 - 2022年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks