ペルシアのヤコボス
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ペルシアの聖ヤコボス | |
|---|---|
|
ヤコボス・インテルキスス (聖ニコラ・ボルニチュキ聖堂) | |
| 生誕 |
不明 ペルシア、ベート・ラパト |
| 死没 |
421年11月27日 ペルシア |
| 崇敬する教派 |
正教会 非カルケドン派 カトリック教会 |
| 記念日 | 11月27日 |
ペルシアのヤコボスまたはヤコボス・インテルキスス (Jacobus intercisus, James Intercisus, ? - 421年11月27日[注 1]) は、ペルシアのキリスト教の殉教者で、正教会・非カルケドン派・カトリック教会の聖人。記憶日は11月27日[2]。 インテルキススとはラテン語で「切り刻まれた者」を意味し[1]、こま切れの聖ヤコボス (Saint James the Mutilated) とも呼ばれる[3]。
聖人伝
ヤコボスはペルシアの首都であるベート・ラパト(Beth-Lapeta[6])においてキリスト教徒の貴族の家に生まれ、ペルシア王に重用されていた。ヤコボスは王に対する忠誠心により非キリスト教の神を崇めたために母と妻から絶縁された。ヤコボスは、家族は他人となり、神から遠ざかってしまったことを後悔した。
ある日のことヤコボスは、ペルシア王にキリスト教徒かと問いただされ脅されたが、キリスト教徒だと答え信仰を捨てなかった。ペルシア王はキリスト教徒たちへの見せしめのために、ヤコボスを拷問にかけて処刑することにした。刑吏の手により体をこま切れにされることとなったが、ヤコボスは体が一か所切り落とされるたびに神を称えた。ヤコボスは両手足の指、両足、両手、両腕、両腿の28箇所を切断され、最後に斬首されて死んだ。ヤコボスの遺体はキリスト教徒たちの手により盗み出され埋葬されたここまで[7]。
