ホセ・イバール
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | サンティアゴ・デ・クーバ州ソンゴ・ラマヤ |
| 生年月日 | 1969年5月6日(56歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 234 lb =約106.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| 五輪 | 2000年 |
この表について
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 野球 | ||
| 銀 | 2000 | 野球 |
ホセ・イバール・メディーナ(José Ibar Medina , 1969年5月6日 - )は、キューバ共和国サンティアゴ・デ・クーバ州ソンゴ・ラマヤ出身の元野球選手(投手)。右投げ右打ち。愛称は"Cheo"(チェオ)。
1986-1987シーズンからキューバ国内リーグ"セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル"のバケーロス・デ・ラ・アバナに所属。
1994-1995シーズンに14勝を記録、最多勝のタイトルを獲得した。
1995年に初めてキューバ代表に加わり、同年10月の第12回インターコンチネンタルカップに登板した[1]。
1997-1998シーズン前に減量に取り組み、このシーズンは「壊滅的なスライダー」と速球のコンビネーションが冴え[1]、196.1回を投げてキューバリーグ史上初となる20勝(2敗)を記録した他、防御率1.51・189奪三振(50与四球)で最多奪三振、最優秀防御率、最多勝の投手三冠タイトルを独占した。
1998-1999シーズンは193.0回を投げて18勝2敗・防御率2.28・158奪三振(53与四球)で2年連続最多勝のタイトルを獲得、最優秀投手も2年連続で受賞した。
1999年3月28日にキューバ代表としてハバナのエスタディオ・ラティーノアメリカーノで開催された歴史的なボルチモア・オリオールズとの親善試合の第1戦に先発したが、2回にチャールズ・ジョンソンに先制の2点本塁打を浴びて降板した。
2000年9月のシドニーオリンピック野球キューバ代表として予選リーグでアメリカ合衆国相手に7回を無失点・10奪三振の好投をしたものの、再戦した決勝戦では中継ぎ投手として3.1回を投げて3失点の内容で、チームはベン・シーツに完封されて銀メダルに終わった。
2001-2002シーズンは129.1回を投げ、防御率1.81・11勝3敗・142奪三振(35与四球)の好成績を残した。2002年11月の第15回インターコンチネンタルカップでは19.2回で24奪三振・1自責点とチームで最も優秀な成績を残し[1]、先発投手のベストナインに輝いた。
2003-2004シーズンは2試合に登板した後、規律違反を理由にチーム名簿から除外された。2004年にアメリカ合衆国への亡命未遂で逮捕され[2]、国内リーグから永久追放された。逮捕時に銃を不法所持していたと伝えられている[3]。