ホテル青森
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| ホテル青森 | |
|---|---|
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ホテル青森 | |
| ホテル概要 | |
| 正式名称 | ホテル青森 |
| 設計 | 堀池秀人都市・建築研究所 |
| 施工 | 熊谷組 |
| 運営 | 株式会社ホテル青森 |
| 所有者 | 国際興業 |
| 階数 | 地下1階 - 地上17階 |
| 部屋数 | 155室 |
| 敷地面積 | 7094 m² |
| 延床面積 | 31302.00 m² |
| 開業 | 1967年 |
| 最寄駅 | JR青森駅・新青森駅(新幹線) |
| 最寄IC | E4東北道 青森IC |
| 所在地 |
〒030-0812 青森県青森市堤町一丁目1番23号 |
| 公式サイト | 公式サイト |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒030-0812 青森県青森市堤町1-1-23 |
| 業種 | サービス業 |
| 法人番号 | 1420001001870 |
| 事業内容 | ホテル |
| 代表者 | 蝦名 正治(代表取締役社長) |
| 資本金 | 1000万円 |
| 純利益 |
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| 総資産 |
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| 決算期 | 3月31日 |
| 外部リンク | https://www.hotelaomori.co.jp/ |
施設仕様
日本銀行青森支店長だった吉田満の提唱によって、ホテル建設計画が持ち上がり、地元財界と青森市などの出資によって県都のモデルホテルとして建設され、1967年12月に地上6階、客室57室で開業[2][3]。昭和天皇をはじめ明仁上皇と上皇后美智子、今上天皇と皇后雅子の天皇家三世代のほか、各宮家の人々を迎えてきた[4][注 1]。また高松宮宣仁親王が名誉株主となるなど青森の迎賓館的役割を目指していた。
1977年の青森国体開催を機に客室96室に増築[2]。国体に出席した昭和天皇の宿泊もあったが[5]、以後、ホテル経営のノウハウに乏しく、これに増築などによる過剰設備投資が加わり、累積欠損が増大した。このため、大株主であった青森銀行が株主たちを取りまとめ、国際興業に譲渡を申し入れ[4]、1986年4月1日付で、国際興業が全株式を取得し完全子会社とした[3]。
1989年4月、全面改築を前に国際興業グループである花巻温泉株式会社と合併。ホテル運営会社としてホテル青森を新発足させ、改築工事に着手。1992年5月、地下1階・地上17階の建物が完成した。総工費は155億円[6]。改築となったホテル青森は県内において、アスパムに次いで二番目に高い建物となった(塔や橋を除く)。
2004年に国際興業グループのKyo-ya Japan Investment Co.,Ltd.(キョウヤ・ジャパン・インベストメント・カンパニーリミテッド)[注 2]に所有権が移るが、2013年より国際興業が直接保有している。
2011年、ホテル青森などが中心となり県内7つの観光関連の企業・団体で「あおもり冬活会議」を設立[7]。「角巻き(かくまき)」を青森の冬の観光資源にしようとする動きが見られる[8]。
国際会議も開催可能な大宴会場を備えるほか、レストラン、カフェ、美容室、写真館、チャペル、神殿等も併設され、あらゆるニーズに応えられるよう設計されている。また、ブライダル関連の設備・サービスも充実している。1階カフェレストラン「スワン」で開催されるバイキング形式の朝食は好評を博しており、新聞のコーナー記事内でも紹介された事がある[9]。
都市型ホテルには珍しく、数室ではあるが和室も備えており、茶室を持った和室スイートも存在する。洋室のスイートルームは3タイプ4室あり、125㎡のロイヤルスイートにはプライベート・バーが備えられている。館内にはさまざまな絵画が展示されているが、5階ロビーには奈良岡正夫による青森の四季を表した作品四点が飾られている。展示用の案内板の説明文には、現在の建物が完成した記念にこのホテルのために描かれたものである旨の記載がある。
客用エレベーターは17階までだが、実は18階にクラブが存在する。元々は会員制のクラブとして計画されたが、実際には会員制クラブとしては利用されず、結婚式の二次会場など一般に開放されている。