ホレス・シルヴァー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
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| 『ホレス・シルヴァー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』 | |||||
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| ホレス・シルヴァー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ の スタジオ・アルバム | |||||
| リリース | |||||
| 録音 |
1954年11月13日 (#1-3, 8) 1955年2月6日 (#4-7) ニュージャージー州 ハッケンサック) ヴァン・ゲルダー・スタジオ | ||||
| ジャンル | ジャズ、ハードバップ | ||||
| 時間 | |||||
| レーベル | ブルーノート (BLP 1518) | ||||
| プロデュース | アルフレッド・ライオン | ||||
| ホレス・シルヴァー 年表 | |||||
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| ザ・ジャズ・メッセンジャーズ 年表 | |||||
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| 『ホレス・シルヴァー・クインテット』 | |
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| ホレス・シルヴァー の スタジオ・アルバム | |
| リリース | |
| 録音 |
1954年11月13日 ニュージャージー州 ハッケンサック ヴァン・ゲルダー・スタジオ |
| レーベル | ブルーノート |
| 『ホレス・シルヴァー・クインテット Vol.2』 | |
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| ホレス・シルヴァー の スタジオ・アルバム | |
| リリース | |
| 録音 |
1955年2月6日 ニュージャージー州 ハッケンサック ヴァン・ゲルダー・スタジオ |
| レーベル | ブルーノート (BLP 5058) |
| 専門評論家によるレビュー | |
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| レビュー・スコア | |
| 出典 | 評価 |
| Allmusic | |
| The Rolling Stone Jazz Record Guide | |
『ホレス・シルヴァー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』(Horace Silver and the Jazz Messengers) は、ジャズ・ピアニストであるホレス・シルヴァーが、ドラマーのアート・ブレイキーとザ・ジャズ・メッセンジャーズとともに作った1956年のスタジオ・アルバム。ハード・バップのスタイルの確立に重要な役割を果たしたアルバムであり、ブレイキーが後にその生涯を通して使用したザ・ジャズ・メッセンジャーズというバンド名を冠した最初のスタジオ・アルバムである。オールミュージック (Allmusic) のレビューでスコット・ヤナウは、この作品を「真の古典 (a true classic)」と評した[3]。このアルバムのオリジナル盤はLPでリリースされたが、後には、何回もCDでリイシューされている[4]。
『ホレス・シルヴァー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』は、シルヴァーの名義でブルーノート・レコードからリリースされた最初の12インチ盤アルバムであった。このアルバムの中身は、いち早くリリースされていた2枚の10インチ盤LP『ホレス・シルヴァー・クインテット (Horace Silver Quintet)』(BLP 5058) と『ホレス・シルヴァー・クインテット Vol.2 (Horace Silver Quintet, Vol. 2)』(BLP 5062) のリイシューであり、シルヴァーが、その後のキャリアを通して多用したクインテット編成を最初に試みたセッションを記録したものであった。このアルバムに収録された音楽は、ビバップに、ブルースやゴスペルの要素を盛り込んだものである。
このアルバムに収録された曲で最も成功したものの一つとなった「ザ・プリーチャー (The Preacher)」は、プロデューサーのアルフレッド・ライオンが「古風に過ぎる (too old-timey)」として没にしかけたところで、ブレイキーとシルヴァーが、もしこの曲を没にするなら、代わりに収録する新曲を書き下ろさない限り、セッションをキャンセルする、とライオンを脅し、復活させたものであった[5]。シルヴァーによると、このトラックは、バンドが「遥か昔まで遡り、ガットバケット風の、酒場での演奏のような感じを、バックビートの味付けで (reach way back and get that old time, gutbucket barroom feeling with just a taste of the back-beat)」演奏できることを示したものだという[6]。