ボゴロジツク
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ボゴロジツクには1663年に、ツァーリ・アレクセイの命により木造の砦(クレムリ)が建てられた。当時はノガイ・タタール人の諸部族やクリミア・ハン国によるロシア侵入が相次ぎ、当時の南部国境だったトゥーラ州周辺には防衛線と要塞が建てられた。要塞のある村には聖堂が建てられたが、生神女庇護祭を記念する聖堂にちなんで村はボゴロージツコエと名付けられた。
18世紀にロシアの領土が南へ拡大し、遊牧民の脅威が去ると、ボゴロジツコエの軍事的重要性は失われ、1715年には取り壊された砦の跡に馬の飼育場が建てられた。
さらに1773年には、皇帝エカチェリーナ2世と愛人グリゴリー・オルロフの間に生まれた不義の子である貴族アレクセイ・グリゴリエヴィチ・ボーブリンスキーのための宮殿が建てられた。
ボーブリンスキー家の宮殿の本館となるシャトーは高名なロシア人建築家イヴァン・スターロフにより設計されたものである。1777年にボゴロジツクは市となった。1778年から1796年にかけてはロシアの農業科学者アンドレイ・チモフェーヴィチ・ボロトフが市の長官となっている。

