ボブ・ルール
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| 故人 | |
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| ポジション | C |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1944年6月29日 |
| 没年月日 | 2019年9月5日(75歳没) |
| 出身地 | カリフォルニア州リバーサイド |
| 身長(現役時) | 206cm (6 ft 9 in) |
| 体重(現役時) | 100kg (220 lb) |
| キャリア情報 | |
| 出身 | コロラド州立大学 |
| ドラフト | 1967年 19位 |
| 選手経歴 | |
| 1967-1971 1971-1972 1972-1973 1974 |
シアトル・スーパーソニックス フィラデルフィア・76ers クリーブランド・キャバリアーズ ミルウォーキー・バックス |
| 受賞歴 | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
ボビー・フランク・ルール (Bobby Frank Rule, 1944年6月29日 - 2019年9月5日) は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手。身長206cm、体重100kg。ポジションはセンター。
カリフォルニア州リバーサイドで生れたルールは地元のリバーサイド・コミュニティ・カレッジに進学し、州の最優秀選手に選ばれるなど活躍した。その後コロラド州立大学に転校し、1966年にチームをNCAAトーナメントに導いた。コロラド州立大学では2年間で平均15.4得点9.2リバウンドを記録した。
1967年、ルールはNBAドラフト全体19位で創設間もないシアトル・スーパーソニックスに入団した。1年目からチームの主力として活躍し、平均18.1得点9.5リバウンドの好成績でオールルーキー1stチームに選ばれた。平均18.1得点は2008年にケビン・デュラントによって破られるまで40年間ソニックスの新人記録であった。また1試合47得点はソニックス(及び後身のオクラホマシティ・サンダー)の新人記録として今なお破られていない。
2年目の1968-69シーズン、ルールは平均24.0得点11.5リバウンドをあげ、リーグを代表するセンタープレイヤーへと成長を遂げた。翌1969-70シーズンは、自己最高となる平均24.6得点に10.3リバウンドの成績でオールスター出場を果たした。シーズン中のフィラデルフィア・76ers戦では当時の球団記録となる49得点をあげるなど、40得点以上を計5回記録した。
迎えた1970-71シーズン、ルールは開幕3試合で平均32.7得点13.7リバウンドと絶好調のスタートを切ったが、4試合目のポートランド・トレイルブレイザーズ戦でアキレス腱断裂の重傷を負い、シーズンの残りを全休した。翌年に復帰したものの以前のパフォーマンスを取り戻すことはなく、シーズン途中でフィラデルフィア・76ersにトレードされた。76ersでは最初のシーズンで平均17.3得点を記録するなど復活の兆しを見せたが、再び怪我の影響で満足にプレーできなくなり、平均得点も1桁台となった。その後クリーブランド・キャバリアーズ、ミルウォーキー・バックスを渡り歩き、1974年に現役を引退した。
NBAでの成績は、403試合の出場で通算7,007得点3,333リバウンド(平均17.4得点8.3リバウンド)であった。
ルールは2019年、故郷のリバーサイドにて75歳で死去した。